酔っ払って打ったやつ

 床にしゃがみこんでバスタオルで顔を覆って泣きながら、もうここにはいられないなと思った。わたしの首輪のチェーンはベッドに繋がってる、けど、この首輪は指だけで簡単に外せるのだ。恐れ多くて自分で外したことはなかったけれど、イヤになったらいつでも逃げていいんだよって健太君は暗黙のうちに伝えたかったのかもしれない。そんなところがイヤだけどね。わたしが逃げたくなろうとそんなの意に介せずにわたしのことずっと縛っててよって思うけどね、飼育しているふうで実は自由意志を尊重してるみたいなのすごくむかつくよね。すべて、きみの自由なんだから、だからきみの責任だよ、みたいな感じで。あなたの意思と責任だけでわたしを縛って動けなくしてよ、と思ったら一層涙が出て、声を出してわんわん泣くと尚更ばかみたいでちょっと面白くて、泣いたあと首輪をがちゃがちゃ外して、健太君の衣装だんすの中からまだ着ていけそうなものを探そうと開けると、わたしがいつか逃げることを見越してたのかよって感じに、ユニクロの袋の上に丁寧に折りたたまれたままの新品っぽいTシャツとシャカシャカするジャージっぽいズボンが鎮座していた。開いてみるとちょうどレディースサイズで、舌打ちする、せざるを得ない。くっそ。馬鹿にしてんのかよ。でもそれを着てこの部屋を出て逃げなくちゃなあとなんかここまで来るとめんどくさくなってくる。怒って無言で帰ったくせにまだ健太君の手中に踊らされたままなのか、もしかしたら監視カメラとかついてるのか。わたしの一挙一動をにやにや眺めているのか。どこに監視カメラがついているのかは分からなかったけど。天井に向けてハダカでダブルピースを作って天井のどこに監視カメラが付いててもはっきり見えるように顔を動かして、それから用意されていたTシャツとズボンを身に着けた、これからランニングに行く人みたいな。でも、ズボンを穿いたときにかさっと紙がこすれる音がして、何かなとポケットに手をつっこんだら三諭吉が出てきて、なんだよ健太君って本当にわたしのことばかにしきってる、と憤るふりをしながら、健太君愛してると思った。違う、お金じゃない。もしかしたらわたしがいつか逃げるんじゃないかなって考えて、その時に困るだろうからって三万円を入れてくれていたことにやっぱり少しはわたしを愛していてくれたんじゃなかろうかって。わたしは愛にこだわる。愛が欲しかった健太君の。それだけだ。でも、やっぱり無言で家を出て行った健太君が腹立たしかったので、家中の電気という電気を全てつけて出て行く。換気扇もだぞ。
 で、とりあえずポケットの三万円だけで健太君のマンションを出て、あーでもどこに行こうってぷらぷらしてしまった。デリヘルの寮に戻るかって選択肢がまず第一に浮かんだけど労働したくなかった。月がきれいだった。生きるために労働するのなら、健太君から逃げて生きる価値がなくなった今、生きるための何かというのは訳が分からなくなってしまったから。選択肢、ニ、自殺。ありありありな案だったけど、飛び込み?今はもう電車止まってる時間じゃないかな?みたいな。低俗な地を見たくなくて空を見上げる。やっぱり月がきれい。満月の周期って学校で昔習った記憶はあるけど具体的内容を全然覚えてねえ、とか、十月の名月のときが来たら健太君と一緒にお団子を食べたかった、とか考える。たぶん一緒にお団子なんか食べたことないのにね。うーん。とりあえず、電車が止まった駅までの道をぷらぷら歩いていたらネカフェが目に入ったのでそこに入る。えらい近いけど。
 今後の身の振りようが決まらなくて、というか考えたくないに近くて、いや、ネカフェに入り浸りながらも四六時中そのことしか考えていないんだけど、でも、未来に何の希望もなくて生きていたくもない人が今後の人生考えるとかそんなの真面目に考えられる訳ないやろがくそがって感じで、そんな感じでだらだらとネカフェに宿泊しているうちに、同じくネカフェに宿泊していた客とセックスをした。いや、終電逃したサラリーマンぽかったけど。
「お姉さん、一人なんですか?」
 漫画を探している途中に何の捻りもないナンパをされ、そのまま狭い部屋で対面座位でセックスした。ゴムなし。外出しじゃない、中出しナマ。わたしは普段犬のときですら健太君はゴムをつけていたのに、それは完全に健太君に対する復讐だった。男が、あっ出そう、とかすかな喘ぎ声を上げても、わたしはくねくねと腰を動かしたまま離れなかった。健太君裏切りだよ、わたしは健太君以外の精子を中に入れたんだよ、と思ってみたけど、健太君にもう会わないならどうしようもねえじゃねえかとか、それなら最後にわたしの膣に入れた人を健太君のままにしておけばよかったとか、健太君はもうわたしに入れてくれないの?とか、っていうか入れるとかはぶっちゃけ別にいいから健太君はもうわたしにそばにいさせてくれないの?出てきたのわたし?あ、でも、すべては一人じゃなくて二人で形作るものだし、あれはわたしだけのことではないし・・・・・・・・・・・・・・・・しにたい。どうでもいいんだよ他のことなんて。いいよ、睡眠薬?いいよ、それぐらい飲むよ。いい子に飲んだらそばにおいてくれるんでしょう、じゃあ、いいよ。

 健太君が用意してくれたいたズボンの中には三万円だけじゃなくて、鍵も入っていたんだよ。あのマンションの鍵だろう。数日間宿泊していたネカフェを出るよ、外の朝日が眩しいよ。健太君のマンションへの道を歩いていくよ。朝の九時過ぎ。鍵を差し込んで回すよ、開いたよ。
「電気つけっぱなしでおさんぽはだめだよ」と、健太君の声が聞こえました。