お姉さまが「神」になったのは、わたしが中学校一年生の春でした。和室の畳の部屋で白き布団に寝かされたおばあさまの周りをわたしたち親類が取り囲み、今夜が峠だとお医者様がおっしゃった、病床のおばあさまの命が尽きるその時をわたしたちは見守っておりました。蛇のように鋭利だった眼光は腫れぼったい瞼にすっかり覆われ、病によってすっかり疲労なされて、お顔も皺だらけになられていました。病床に臥されたおばあさまの身体はいつしかよりずっと小さく見え、布団からお覗きになった手にも悲しくなる程の年月が現れていらっしゃいました。おばあさまはもう声を満足に出すこともできなくなり、老いた鳥のような喉からひゅーひゅーと息を吐き出されるだけでしたが、黒がかった紫色の唇が(み)(よ)(こ)と形作ったのは、おばあさまを囲んでいた親類の皆の者が分かったのではないでしょうか。それを見て、途端、お母さまは、隣にお座りになっていたお姉さまの肩を興奮したように叩かれました。
「美代子、美代子。今おばあさまが口元をお動かしになったのをご覧になりましたね」
お母さまははいとかすんとか言う隙も与えず、お姉さまをおばあさまの傍に座らせ、おばあさまに話しかけるようにおっしゃいました。お姉さまは畳にお顔がつきそうな程深く頭を下げられてから、躊躇いなく凛とした様子でおばあさまにお顔を近づけ、わたしはその場の親類たちが一斉にお姉さまを目でしかと捉えた気迫に少したじろぎました。
「おばあさま、わたくしのお名前をお呼びになりましたか。わたくしは美代子でございます。おばあさまの娘が産んだ、そのまた娘の美代子でございます」
おばあさまの唇がおぼつかなく震えて、それがわたしには、路地の隅に座り込んで酒を煽るアルコール中毒の浮浪者崩れの男の顔つきを連想させ、この上なくおばあさまに失礼なことを考えてしまったと、膝に当てた手に力を込めました。終わりゆく命をかろうじて搾り出すように、(お)(ま)(え)(だ)とおばあさまの唇がごく小さく動きなさって、そうお伝えになった気がしました。蓋をほんの小さくお開きになった口内は暗くて黒く、わたしはその奥から蛇が出てきてお姉さまの白く細い腕を引っ張り、お姉さまを呑みこんでしまうのではないかという、馬鹿らしい考えが頭をもたげました。でも、親類のおじさまおばさま達は、おばあさまが先程なんとおっしゃったのかを読み取れず、あたふたとお話し合いになっていたようだったので、わたしは何の思考も含まず反射的にお伝えしてしまいました。
「おばあさまでしたら、今、おまえだ、と口を動かされたように、わたしには見えました」
わたしの言葉を聞くやいなや、親類たちは自国の軍が敵軍を壊滅させた知らせを聞いたようにうわあああと湧き、そのうちのどなたかが、おばあさまの手を握るようにお姉さまにげきを飛ばされました。お姉さまは睫毛の長い二重瞼をびくんと震わせ、それをおっしゃったどなたかではなく、黒々とした強い目でわたしの顔を一、二秒お見つめになりました。わたしがその目の意図を分かるより先にお姉さまは目をお伏せになり、上体を深くおばあさまの方へ傾けられて、おばあさまの手をお握りになりました。やがて息が絶えるだろうおばあさまの皺皺のお手を、白くて細く絹織物のよにピンと張ったお姉さまの手がお包みになっていました。しんしんとした夜の中で、向こうの田からのかわずの声だけが響いておりました。
血が通った親族達との最後のひとときを邪魔しまいとご配慮して下さってでしょう、和室の端に待機されていたお医者さまが、やがて、重々しくお口をお開きになりました。
「おばあさまはご臨終されました」
一番に涙を垂らしたのは母だったと思います。言い訳をするなら、中学一年生で、人の死を経験したことがなかったわたしには振る舞い方の分からぬものだったのです。現世から旅立たれようとするおばあさまのお顔を真摯に見つめ、ご冥福をお祈りするよりも、わたしはきょろきょろと所在なさげに親類の方々のお顔に目を泳がせ、ぽろぽろとお着物の襟から胸へ涙の雫を垂らすお母さまを見つけました。お母さまのむせび泣きはやがて大きな嗚咽を漏らし始め、お母さまに触発されて蔓延した雰囲気の中、他の親類たちがおばあさまを悼む涙をお流しになりました。でも、わたしは普段から、泣いてみようと思えばすぐ涙を流すことが出来ました。例えば、うちのお屋敷を訪ねていらっしゃった村の外れの貧しい物乞いの方のことを思い出すのです。村で一番立派なうちのお屋敷には時々物乞いをする男の方や子どもがいらっしゃるのです。でもお母さまは、一人の方に差し上げるときりがなくなってどうしようもなくなってしまうからお助けすることはできないのです、お力になれず御免なさいとお断りされるのです。そうしてすげなく断られた物乞いの方の心中をお察しすると、わたしは簡単に絶望を感じて涙が出るのです。わたしはおばあさまがお亡くなりになった時、本当は大きな悲しみや辛さに囚われませんでした。でも、お母さまを始めとして親類の方たちはおばあさまのことをお考えになってハンケチや手で瞼を拭っていらっしゃったので、わたしもいつぞやの、お母さまに食糧を分けて頂けなかった物乞いの男の方の思いをまとわりつかせるようにして、ぼろぼろと涙を流しました。ああ、うちのお屋敷からはほかほかと米の炊ける匂いがしたでしょうに、あなたは握り飯一つ与えられることなく、藁で出来たような粗末な家に帰るほかなくて。そこには妻がいて子もいたやもしれぬのに。屋敷の子らはそこに生まれ落ちたというそれだけで腹一杯白米を食うことができるのに。そのように想像してから、ひとり、おばあさまのお傍に進み出て手を握っていたお姉さまのお顔を伺いたくなりました。お姉さまは宝石売りをそれを捕まえて首飾りにしたくなる程きれいな涙のつぶを流していらっしゃいました。それがおばあさまの頬に垂れ、流れていくことなく皺の窪みに留まった様子は妬ましいほど神々しく、わたしは自分を恥じたけれど罪悪感を抱くのとはまた別でした。
その日から、お姉さまは「神」になられました。おばあさまは生前なさっていた神事をお姉さまに託し、お亡くなりになったのです。
「本日も大蛇さまのおかげで家族、村民が無事に過ごすことができました。感謝申し上げます。有難うございます」
「感謝申し上げます。有難うございます」
それが夕食前に必ず行われる挨拶でした。音頭を取る父が手を合わせて頭を下げ、同じく手を合わせたわたしと母と末の妹が声を重ねて感謝の意をお伝えし、頭を下げます。大蛇の掛け軸が垂らされている、上座の畳床には大蛇さまのためのお酒と木かご一杯の野菜がお供えされており、わたしたちは朝と夜の食事前、そこにいらっしゃる大蛇さまに向けてご挨拶をするのです。それから食卓のめいめいの席について食事を始めるのですが、本日はいつもと違うことが明らかに一つありました。
「お母さま、お姉さまは今日からお堂で食事を摂られるっておっしゃっていたけれど、それではお姉さまはやっぱり寂しいんじゃないかしら」
蕪の煮物に箸をつけようとしていたお母さまは、眉を顰めるようにして、わたしをご覧になり、それから、静かにたしなめる表情をして俯きながら、蕪を箸でお掴みになりました。
「いやね、三千子ったら今朝お話したところでしょうに。美代子さまは今や大蛇さまと人間を繋ぐ、使いの者にならしたのよ。おばあさまがそうされていたように、美代子さまはわたしたちと寝食を共にされないのですよ」
「おばあさまはそうされていましたけれど。でも、お姉さまは昨日までわたしたちと一緒にご飯を食べ、一緒に眠られていたではありませんか。お姉さまがお寂しいと思うのです」
「三千子、いい加減になさい。お姉さまと呼ぶのも今後一切お止しになって、美代子さまとお呼びなさい。それに、大蛇さまにお仕えになる者は、寝食を堂で過ごし、御祓いの時間以外には極力ほかの人間と関わりを持たないというのが決まりです。三千子、美代子さまはね、もうお前と美恵子の姉というより、村の人間たちの母なる存在となられたのです」
お母さまは蕪を箸で挟んだまま、今度はわたしの目をしかと見据えられて、そうおっしゃいました。お母さまがお姉さまのことを母と言われるのかと違和感が湧きましたが、それ以上言うのはやめて口をつぐみました。お姉さまが、おばあさまの神事のお代わりをして、今までおばあさまがしていらっしゃったように全てを引き受けなさる。お母さまのおっしゃったことは理屈としては理解できましたが、昨日まで姉として隣でご飯をいただき、お眠りになっていた存在が突然、ぷかぷかと遠くに浮かぶ存在になってしまったと言われるのは、長い年月をかけて自分に染み付いてきた自分というものには上手くしっくり馴染まない気がしました。
「おねえさま、美代子さまはおねえさまのおねえさまじゃあ、なくなられたんですようー」
さっきまで鯖の味噌煮を下手糞につついていた末の妹の美恵子が、ふざけたように唇を尖らせて生意気をおっしゃいました。わたしはその幼稚な言葉にいくぶん腹が立ち、返事もせずにぷいと横を向きました。
「美恵子はねー、おばあさまとお姉さまがお手手をお繋ぎしたとき、見えたもの。お二人の握りこぶしから光がきらきらと出ていたもの」
「本当!?」
「ほんとうよ」
わたしが驚いて目を向けると、美恵子は得意そうにしてそう答え、指を丸く曲げた右手を動かしては、きらきら、とひとりごちましたが、それが幼い妹の空想なのか、見えなかったわたしだけが目が曇った人間なのか、よく見当が付きませんでした。お母さまの方を見ますと、「ええ、そうですよ。白く、黄色い光がお二人の手からこぼれるように見えましたよ」とおっしゃいましたが、寡黙なお父さまは何もおっしゃいませんでした。
「でも、わたし、おばあさまの後をお継ぎになるのはお母さまだってずっと思っていたのです。だって、自然な順番で言うとそうですもの」
「ああ、おばあさまの能力を授けてもらう時にはね、生娘でないといけないという決まりがありますからね。あ、純粋な若い娘でないと、ということですよ。わたしはいくらか年を取り過ぎてしまいましたから」
「えー、じゃあ、お母さま、美恵子でもよかったのでございますかー?美恵子もおばあさまの次のことをしたかったでございますー」
美恵子が右手できらきらを作るのをやめて、舌ったらずな口調でそうおっしゃると、お母さまは少し苦笑して、美恵子はまだ小さすぎるから、と言われました。
「美代子、美代子。今おばあさまが口元をお動かしになったのをご覧になりましたね」
お母さまははいとかすんとか言う隙も与えず、お姉さまをおばあさまの傍に座らせ、おばあさまに話しかけるようにおっしゃいました。お姉さまは畳にお顔がつきそうな程深く頭を下げられてから、躊躇いなく凛とした様子でおばあさまにお顔を近づけ、わたしはその場の親類たちが一斉にお姉さまを目でしかと捉えた気迫に少したじろぎました。
「おばあさま、わたくしのお名前をお呼びになりましたか。わたくしは美代子でございます。おばあさまの娘が産んだ、そのまた娘の美代子でございます」
おばあさまの唇がおぼつかなく震えて、それがわたしには、路地の隅に座り込んで酒を煽るアルコール中毒の浮浪者崩れの男の顔つきを連想させ、この上なくおばあさまに失礼なことを考えてしまったと、膝に当てた手に力を込めました。終わりゆく命をかろうじて搾り出すように、(お)(ま)(え)(だ)とおばあさまの唇がごく小さく動きなさって、そうお伝えになった気がしました。蓋をほんの小さくお開きになった口内は暗くて黒く、わたしはその奥から蛇が出てきてお姉さまの白く細い腕を引っ張り、お姉さまを呑みこんでしまうのではないかという、馬鹿らしい考えが頭をもたげました。でも、親類のおじさまおばさま達は、おばあさまが先程なんとおっしゃったのかを読み取れず、あたふたとお話し合いになっていたようだったので、わたしは何の思考も含まず反射的にお伝えしてしまいました。
「おばあさまでしたら、今、おまえだ、と口を動かされたように、わたしには見えました」
わたしの言葉を聞くやいなや、親類たちは自国の軍が敵軍を壊滅させた知らせを聞いたようにうわあああと湧き、そのうちのどなたかが、おばあさまの手を握るようにお姉さまにげきを飛ばされました。お姉さまは睫毛の長い二重瞼をびくんと震わせ、それをおっしゃったどなたかではなく、黒々とした強い目でわたしの顔を一、二秒お見つめになりました。わたしがその目の意図を分かるより先にお姉さまは目をお伏せになり、上体を深くおばあさまの方へ傾けられて、おばあさまの手をお握りになりました。やがて息が絶えるだろうおばあさまの皺皺のお手を、白くて細く絹織物のよにピンと張ったお姉さまの手がお包みになっていました。しんしんとした夜の中で、向こうの田からのかわずの声だけが響いておりました。
血が通った親族達との最後のひとときを邪魔しまいとご配慮して下さってでしょう、和室の端に待機されていたお医者さまが、やがて、重々しくお口をお開きになりました。
「おばあさまはご臨終されました」
一番に涙を垂らしたのは母だったと思います。言い訳をするなら、中学一年生で、人の死を経験したことがなかったわたしには振る舞い方の分からぬものだったのです。現世から旅立たれようとするおばあさまのお顔を真摯に見つめ、ご冥福をお祈りするよりも、わたしはきょろきょろと所在なさげに親類の方々のお顔に目を泳がせ、ぽろぽろとお着物の襟から胸へ涙の雫を垂らすお母さまを見つけました。お母さまのむせび泣きはやがて大きな嗚咽を漏らし始め、お母さまに触発されて蔓延した雰囲気の中、他の親類たちがおばあさまを悼む涙をお流しになりました。でも、わたしは普段から、泣いてみようと思えばすぐ涙を流すことが出来ました。例えば、うちのお屋敷を訪ねていらっしゃった村の外れの貧しい物乞いの方のことを思い出すのです。村で一番立派なうちのお屋敷には時々物乞いをする男の方や子どもがいらっしゃるのです。でもお母さまは、一人の方に差し上げるときりがなくなってどうしようもなくなってしまうからお助けすることはできないのです、お力になれず御免なさいとお断りされるのです。そうしてすげなく断られた物乞いの方の心中をお察しすると、わたしは簡単に絶望を感じて涙が出るのです。わたしはおばあさまがお亡くなりになった時、本当は大きな悲しみや辛さに囚われませんでした。でも、お母さまを始めとして親類の方たちはおばあさまのことをお考えになってハンケチや手で瞼を拭っていらっしゃったので、わたしもいつぞやの、お母さまに食糧を分けて頂けなかった物乞いの男の方の思いをまとわりつかせるようにして、ぼろぼろと涙を流しました。ああ、うちのお屋敷からはほかほかと米の炊ける匂いがしたでしょうに、あなたは握り飯一つ与えられることなく、藁で出来たような粗末な家に帰るほかなくて。そこには妻がいて子もいたやもしれぬのに。屋敷の子らはそこに生まれ落ちたというそれだけで腹一杯白米を食うことができるのに。そのように想像してから、ひとり、おばあさまのお傍に進み出て手を握っていたお姉さまのお顔を伺いたくなりました。お姉さまは宝石売りをそれを捕まえて首飾りにしたくなる程きれいな涙のつぶを流していらっしゃいました。それがおばあさまの頬に垂れ、流れていくことなく皺の窪みに留まった様子は妬ましいほど神々しく、わたしは自分を恥じたけれど罪悪感を抱くのとはまた別でした。
その日から、お姉さまは「神」になられました。おばあさまは生前なさっていた神事をお姉さまに託し、お亡くなりになったのです。
「本日も大蛇さまのおかげで家族、村民が無事に過ごすことができました。感謝申し上げます。有難うございます」
「感謝申し上げます。有難うございます」
それが夕食前に必ず行われる挨拶でした。音頭を取る父が手を合わせて頭を下げ、同じく手を合わせたわたしと母と末の妹が声を重ねて感謝の意をお伝えし、頭を下げます。大蛇の掛け軸が垂らされている、上座の畳床には大蛇さまのためのお酒と木かご一杯の野菜がお供えされており、わたしたちは朝と夜の食事前、そこにいらっしゃる大蛇さまに向けてご挨拶をするのです。それから食卓のめいめいの席について食事を始めるのですが、本日はいつもと違うことが明らかに一つありました。
「お母さま、お姉さまは今日からお堂で食事を摂られるっておっしゃっていたけれど、それではお姉さまはやっぱり寂しいんじゃないかしら」
蕪の煮物に箸をつけようとしていたお母さまは、眉を顰めるようにして、わたしをご覧になり、それから、静かにたしなめる表情をして俯きながら、蕪を箸でお掴みになりました。
「いやね、三千子ったら今朝お話したところでしょうに。美代子さまは今や大蛇さまと人間を繋ぐ、使いの者にならしたのよ。おばあさまがそうされていたように、美代子さまはわたしたちと寝食を共にされないのですよ」
「おばあさまはそうされていましたけれど。でも、お姉さまは昨日までわたしたちと一緒にご飯を食べ、一緒に眠られていたではありませんか。お姉さまがお寂しいと思うのです」
「三千子、いい加減になさい。お姉さまと呼ぶのも今後一切お止しになって、美代子さまとお呼びなさい。それに、大蛇さまにお仕えになる者は、寝食を堂で過ごし、御祓いの時間以外には極力ほかの人間と関わりを持たないというのが決まりです。三千子、美代子さまはね、もうお前と美恵子の姉というより、村の人間たちの母なる存在となられたのです」
お母さまは蕪を箸で挟んだまま、今度はわたしの目をしかと見据えられて、そうおっしゃいました。お母さまがお姉さまのことを母と言われるのかと違和感が湧きましたが、それ以上言うのはやめて口をつぐみました。お姉さまが、おばあさまの神事のお代わりをして、今までおばあさまがしていらっしゃったように全てを引き受けなさる。お母さまのおっしゃったことは理屈としては理解できましたが、昨日まで姉として隣でご飯をいただき、お眠りになっていた存在が突然、ぷかぷかと遠くに浮かぶ存在になってしまったと言われるのは、長い年月をかけて自分に染み付いてきた自分というものには上手くしっくり馴染まない気がしました。
「おねえさま、美代子さまはおねえさまのおねえさまじゃあ、なくなられたんですようー」
さっきまで鯖の味噌煮を下手糞につついていた末の妹の美恵子が、ふざけたように唇を尖らせて生意気をおっしゃいました。わたしはその幼稚な言葉にいくぶん腹が立ち、返事もせずにぷいと横を向きました。
「美恵子はねー、おばあさまとお姉さまがお手手をお繋ぎしたとき、見えたもの。お二人の握りこぶしから光がきらきらと出ていたもの」
「本当!?」
「ほんとうよ」
わたしが驚いて目を向けると、美恵子は得意そうにしてそう答え、指を丸く曲げた右手を動かしては、きらきら、とひとりごちましたが、それが幼い妹の空想なのか、見えなかったわたしだけが目が曇った人間なのか、よく見当が付きませんでした。お母さまの方を見ますと、「ええ、そうですよ。白く、黄色い光がお二人の手からこぼれるように見えましたよ」とおっしゃいましたが、寡黙なお父さまは何もおっしゃいませんでした。
「でも、わたし、おばあさまの後をお継ぎになるのはお母さまだってずっと思っていたのです。だって、自然な順番で言うとそうですもの」
「ああ、おばあさまの能力を授けてもらう時にはね、生娘でないといけないという決まりがありますからね。あ、純粋な若い娘でないと、ということですよ。わたしはいくらか年を取り過ぎてしまいましたから」
「えー、じゃあ、お母さま、美恵子でもよかったのでございますかー?美恵子もおばあさまの次のことをしたかったでございますー」
美恵子が右手できらきらを作るのをやめて、舌ったらずな口調でそうおっしゃると、お母さまは少し苦笑して、美恵子はまだ小さすぎるから、と言われました。
