講義を聴きに行く教室はどこでも良かった。なので、もといたベンチから一番近くに位置している教室の後方のドアを開け、いそいそと入った。ドアを開けるときにギィと思ったより大きな音が出たけど、誰も振り返らなかったのでほっとした。人気の講義なのかおれがギリギリすぎたのか分からないが、いや後者だろうが、広い部屋はなかなか埋まっていた。三人がけのうち、端にだけ女の子が一人で座っている机を見つけ、そこにそっと腰を下ろした。真ん中が空いているぶん、端の女の子の様子がよく見えた。デニムのショートパンツから躊躇なく足をさらけだした女の子で、やる気がすごくありそうでも、どうしようもなくなさそうでもない微妙な表情で教授の話を聞いていた。あごにシャーペンの上のところをくっつけて聞いてぶん、平均的な学生よりは真面目っ子なのか、と勝手に思った。その子が、真ん中の椅子の右半分を使って自分の鞄を置いていたので、おれも椅子の残りの左半分に自分の鞄を置く。二千円もしなかったおれのキャンパス地のトートバッグはぐにゃりと頼りなく曲がり、彼女の合皮っぽいトートバッグによりかかった。直そうとしておれのトートバッグを手で起立させてみたけど、そりゃそうだよねみたいな感じで、一瞬でまた彼女の鞄にぐにゃんともたれかかってしまう。おれはトートバッグを曲がらないように調節する。ことを途中までやっていたのだが途中からはそれは手段になり、いつの間にか目的は、隣の女の子をさりげなく目の中に取り入れることにすり替わった。太腿の上をデニムの固い布で隠しただけで足のほとんどを露出してるなんて一言でいうとけしからんと思ったし、ミントグリーンのセーターも胸の谷間のところがちょっとゆるくて、お胸がたゆんたゆんしていそうなのがちらりとだけ覗いていた。木に引っかけたりハチに刺されたりして身体が傷つかないように、体温調整のためにある衣服がもはや半分ぐらいもとの役割を失っているのではないか、と思った。やはり、胸が良い。マンコに続く道である足もいいけれど、足はまあ、おれにもあるっちゃあるものだ。人間とは、自分にないものを欲しがる生き物なのだ。
トートバッグが彼女に傾かないように調節することさえさっさとできないクソ無能を装いながら、彼女のたゆんたゆんをちらちらと凝視した。ちらちら、と凝視、というのは、相反することのように思えて、同時に存在しうることだ、一瞬一秒の世界で、ガンと目を見開いて脳内に詰め込むのだ。まあ、他人がその様子を見れば、おれの一秒の鷹の目はすぐにバレてしまうだろうが、バレるとかバレないかはさしたる問題ではないのだ。講義の九十分間ずっと彼女の胸や足を見つめ続けないのは、人間としての最後の矜持といったところだ。いい加減、クソ無能人を演じることには無理がある頃合いだと判断し、諦メロンした。ひねっていた上体をもどし、教授や、大講義室の前方の学生たちが目に入る、前へと身体を向ける。座った学生たちの列がダーッとニ、三十列並んでいて、そのずいぶん先に教授と教壇と教卓と、スライドが映し出されたスクリーンが存在する。でも、教授に届くまでの空気中はあいていて、空気しか存在してなくて、見えるものが何もないから、じゃあそこに何か見えるものを入れるべきだと思った。空気中にあいまいにぼやかした焦点を当ててから、その透明の空気上に隣の女の子のお胸の像を結んだ。空気中に、現実には存在しないサイズに拡大されたお胸の像が浮かぶのがおれには見える、この教室の他の人間にも見えるだろうか?
ちっちゃな埃のツブがゆっくり空気中を舞って移動していくように、たゆんたゆんと揺れて、少しずつ斜め下に落ちていって、やがて視界から消え落ちた。ミントグリーンのセーターとその中のブラジャーをずらして、乳の全体像を見てみたい、と思った。乳輪がシングルCDぐらい大きくとも、目をつぶって吸ってみたい。ずーずーずーと下品に音を立てて吸って、やめてよおって頭を叩かれてみたい。いや、能動的にあのたゆんたゆんに働きかけたい以上に、あのたゆんたゆんになりたい。人間をやめて、たゆんたゆんになり、皮膚から張り出した二つの柔らかい肉塊として、やはり毎日たゆんたゆんと揺れていたい。彼女が肩こりに悩まされる原因となりたい。そして、毎日寝る前にオナニーをするときには、胸全体をもみしだいて、乳首をコリコリさせて、エッチな声を洩らしてほしい。などという思想の世界に飛んでいたがふっと我に返り、開いていたけど閉じていた目を開いた。すると、みんなレジュメをペラペラとやっているのにもかかわらず、自分だけがもらい忘れていることに気付いた。後ろを向いて、人が座っている列としてはほとんど最後尾にいるおれが立ち上がってもみんな気にしないだろうと確認する。立つと目の位置が上がって、彼女の胸の谷間がもっと深く見えた。おれは今日この講義を受けたら帰るのだけれど、彼女もそうで、もし東西線の同じ電車に乗り、そのあとさらに、混雑した環状線に乗り換えることがあれば、偶然当たったふりをしてほんの少しだけ痴漢してもいいだろう、と思った。お胸に手を伸ばすのはさすがに無理があるとして、お尻をひと撫でぐらいなら。
余ったプリントが雑に置かれた後部座席から一つ、レジュメをもらう。その隣に出席を取る紙が置かれていたけど、それには手を伸ばさない。おれは本当はこの大学の学生ではないのだ。本当ならば、この大学に入学して、今頃もう四年生をしているはずだったのだが、ちょっとした手違いによって、おれは今日もこの大学の学生ではないのだ。ただ、この大学の学生にまぎれ込み、この大学の学生ですという顔をして講義を受けている、何も肩書きのない人に過ぎないのだ。
トートバッグが彼女に傾かないように調節することさえさっさとできないクソ無能を装いながら、彼女のたゆんたゆんをちらちらと凝視した。ちらちら、と凝視、というのは、相反することのように思えて、同時に存在しうることだ、一瞬一秒の世界で、ガンと目を見開いて脳内に詰め込むのだ。まあ、他人がその様子を見れば、おれの一秒の鷹の目はすぐにバレてしまうだろうが、バレるとかバレないかはさしたる問題ではないのだ。講義の九十分間ずっと彼女の胸や足を見つめ続けないのは、人間としての最後の矜持といったところだ。いい加減、クソ無能人を演じることには無理がある頃合いだと判断し、諦メロンした。ひねっていた上体をもどし、教授や、大講義室の前方の学生たちが目に入る、前へと身体を向ける。座った学生たちの列がダーッとニ、三十列並んでいて、そのずいぶん先に教授と教壇と教卓と、スライドが映し出されたスクリーンが存在する。でも、教授に届くまでの空気中はあいていて、空気しか存在してなくて、見えるものが何もないから、じゃあそこに何か見えるものを入れるべきだと思った。空気中にあいまいにぼやかした焦点を当ててから、その透明の空気上に隣の女の子のお胸の像を結んだ。空気中に、現実には存在しないサイズに拡大されたお胸の像が浮かぶのがおれには見える、この教室の他の人間にも見えるだろうか?
ちっちゃな埃のツブがゆっくり空気中を舞って移動していくように、たゆんたゆんと揺れて、少しずつ斜め下に落ちていって、やがて視界から消え落ちた。ミントグリーンのセーターとその中のブラジャーをずらして、乳の全体像を見てみたい、と思った。乳輪がシングルCDぐらい大きくとも、目をつぶって吸ってみたい。ずーずーずーと下品に音を立てて吸って、やめてよおって頭を叩かれてみたい。いや、能動的にあのたゆんたゆんに働きかけたい以上に、あのたゆんたゆんになりたい。人間をやめて、たゆんたゆんになり、皮膚から張り出した二つの柔らかい肉塊として、やはり毎日たゆんたゆんと揺れていたい。彼女が肩こりに悩まされる原因となりたい。そして、毎日寝る前にオナニーをするときには、胸全体をもみしだいて、乳首をコリコリさせて、エッチな声を洩らしてほしい。などという思想の世界に飛んでいたがふっと我に返り、開いていたけど閉じていた目を開いた。すると、みんなレジュメをペラペラとやっているのにもかかわらず、自分だけがもらい忘れていることに気付いた。後ろを向いて、人が座っている列としてはほとんど最後尾にいるおれが立ち上がってもみんな気にしないだろうと確認する。立つと目の位置が上がって、彼女の胸の谷間がもっと深く見えた。おれは今日この講義を受けたら帰るのだけれど、彼女もそうで、もし東西線の同じ電車に乗り、そのあとさらに、混雑した環状線に乗り換えることがあれば、偶然当たったふりをしてほんの少しだけ痴漢してもいいだろう、と思った。お胸に手を伸ばすのはさすがに無理があるとして、お尻をひと撫でぐらいなら。
余ったプリントが雑に置かれた後部座席から一つ、レジュメをもらう。その隣に出席を取る紙が置かれていたけど、それには手を伸ばさない。おれは本当はこの大学の学生ではないのだ。本当ならば、この大学に入学して、今頃もう四年生をしているはずだったのだが、ちょっとした手違いによって、おれは今日もこの大学の学生ではないのだ。ただ、この大学の学生にまぎれ込み、この大学の学生ですという顔をして講義を受けている、何も肩書きのない人に過ぎないのだ。
