あのバスでの出来事があってから、くまちゃんと愛の行為を再びできるようになるには一ヶ月ぐらい掛かった。梅雨はもう明けた八月の大雨の夜だった。さっきまでは外から雨の音すら聞こえなかったはずなのに、びゅうびゅうと風の強い音と、それに枝葉を激しく揺すられる木々の音がした。自分が人間でなければ、強い風にびゅんっと一瞬のうちに吹き飛ばされていく石になった気分だった。「ねえ、すごい風だね」と椅子に腰掛けていたくまちゃんに言うと、「そうだね。窓はきちんと閉めているよね、鍵もかけておいたら」と言うので、立ち上がって窓の鍵も閉める。勉強机に座りなおして、閉じてしまった教科書を開き直す。少し離れた所に雷が落ちる音や、びゅうっと看板か何かを強風が転がす音がしてくまちゃんを振り返る、黒い鼻をひくっと動かせて、「大丈夫かい?」とでも言うように小首を傾げてから微笑んで見せた。温かな優しさが胸に浸透して、立ち上がって椅子に座るくまちゃんに抱き着いた。ピンク地のバラ柄のカーテンの部屋、白いお姫様チェアに座るくまちゃんは身体が大きいから横も縦も椅子からはみ出している。跨ってお腹の上に乗っかかって、くまちゃんの分厚い背中に手を回す。にいと笑ってくまちゃんの顔に頬をすりつけた。クーラーを効かせているせいで顔の産毛がひんやり冷たくて気持ちよかった。顔をずずずと俯かせて、くまちゃんの胸に顔を埋めてコアラみたいにくっつく、鼻をすんとさせてくまちゃんの匂いを吸い込む、くまちゃんの体臭は深く落ち着く香りで、私の匂いと少し似ている。「もう、あのことは平気になった?」くまちゃんの声が頭上から降ってきて私の頭でコトンと弾かれて、「あのことってなんのこと?」ってわざと尋ねる。「こないだの、あのことだよ」と言うくまちゃんに何も返さないで、腕に力を込めてもっと強く抱き着く。あの、ごめんね、って心の中で言って右手でくまちゃんの足と足の間に手を伸ばす。他の所と同じ柔らかい深い毛が生えているだけで後は何も無い。「そんなとこ触ってどうしたの?」「なんでもないよ」改めてそのことにほっとして、心も胃腸も肺も残りのほとんど全部が安堵する。「しよっか」と言う私の頭の上に、くまちゃんは人間よりも体温の高い分厚い手をぽんと置き、優しく髪の毛の流れをなぞった。ぎゅっと目を瞑って、背中に回していた両手のうちの片方を離して毛深い右胸の皮膚を撫でた。左胸に耳を当てて心臓の鼓動を聞く、死んでしまいそうなぐらい安心する生のリズムが一定間隔で刻まれている気がした。だいじょうぶだ。くまちゃんには男性器なんか付いてない。くまちゃんは男だけどオスじゃない。私の中を鋭く突いて掻き回す一方通行で自己中心的で独りよがりな欲望なんてくまちゃんにはない。人間を人の形の人形にして遊び道具に使って自分が気持ちよければそれでいい快楽的な男性器なんてくまちゃんには生えてない。だいじょうぶだ。光沢のあるつやつやした薄い栗色の毛並み、大きくて柔らかくて優しい身体、くまちゃんの身体はひとつも暴力的なところがないんだよ。私は手をそっとスカートの中に入れて、パンツの上からクリストリスを押した。くまちゃんの胸の毛をしつこく撫でながら、自分のクリストリスも同じようにする。時計向きに円を描く、くるくるって描く、少し強く押す力で円を描く、私の指がいつの間にかくまちゃんの指に代わって、毛深い分厚い太い指がクリストリスを触る撫でる、硬い爪の平らな部分で刺激を与えて、私の腰をぴくぴく震わせる。でも、くまちゃんは絶対に膣の中に指を入れようとするなんて酷いことはしないんだ、だってくまちゃんはそんな人じゃないし、誰にも欲望を出し入れされることのないように縫い合わせて閉じているから。くまちゃんの胸を愛撫していた手を背中に回して、くまちゃんの分厚い身体と私とひっつけてまとめて一つにするようにぎゅうと力を込めた。外の世界のどこかで大きな音を立てて雷が落ちたのが分かった、土砂降りの大雨の音もますます激しくなる、のに、くまちゃんと私だけのこの世界で私たちは愛に浸っていた。くまちゃんの指が私の神経の琴線に触れて、もうすぐ頭が真っ白になるのが分かった。ますます強い力でくまちゃんの身体にひっついた、世界に大雨が降り続いて雷が落ち続いても私とくまちゃんが離されない様に。あ、もうすぐ、もうすぐ、と小さく呟いてからゆっくり力が抜けてって、くまちゃんに身体をしなだれかける。くまちゃん、と言って頬を撫でようとしたとき、くまちゃんの足と足の間の薄茶色の毛並みを赤黒い何かが汚しているのを見つけた。くまちゃん、なにこれ、と尋ねかけた私にくまちゃんは悲しそうに微笑んだ。そして、どれが人差し指で中指か分からないずんぐりした指で、私の股を指差した。
「どうして、私、二度と開かないように頭の中で縫い合わせてきちんと閉じておいたんだよ」くまちゃんは愚かな子どもを見る大人みたいに目を細めて首をゆっくり横に振った、それきりくまちゃんは動かなかった。なんで。どうして。待って。くまちゃんの顔を見て、汚してしまったくまちゃんの足と足の間の毛並みを見て、私の股を見た。血がべたりとついた陰毛をそっと分けて、その中にあるものを覗き込んだ。欲望の入り口はとろとろとたっぷりの血で潤っていた。指を、血が溢れる女性器につっこんだ。ちゃぷん、と音がした。指の第一関節が見えて隠れて、それを繰り返した後、指を根元までずんと突っ込んだ。
「あっ」大きな声が出て、思わず口を手でばっと抑える。それはくまちゃんと感じた愛の絶頂よりも気持ち良くて、そんな自分が信じられなくて許せなくて支える力を失って床に崩れ落ちた。またどこか近くで雷が落ちたのが聞こえた。降り止まない大雨の音を聞いていた。
「どうして、私、二度と開かないように頭の中で縫い合わせてきちんと閉じておいたんだよ」くまちゃんは愚かな子どもを見る大人みたいに目を細めて首をゆっくり横に振った、それきりくまちゃんは動かなかった。なんで。どうして。待って。くまちゃんの顔を見て、汚してしまったくまちゃんの足と足の間の毛並みを見て、私の股を見た。血がべたりとついた陰毛をそっと分けて、その中にあるものを覗き込んだ。欲望の入り口はとろとろとたっぷりの血で潤っていた。指を、血が溢れる女性器につっこんだ。ちゃぷん、と音がした。指の第一関節が見えて隠れて、それを繰り返した後、指を根元までずんと突っ込んだ。
「あっ」大きな声が出て、思わず口を手でばっと抑える。それはくまちゃんと感じた愛の絶頂よりも気持ち良くて、そんな自分が信じられなくて許せなくて支える力を失って床に崩れ落ちた。またどこか近くで雷が落ちたのが聞こえた。降り止まない大雨の音を聞いていた。
