一人で小さな冒険めいた散歩から帰ってきて扉を開ける度に、鼻に馴染みかけたカビ臭い匂いが田舎の古い平屋にうっすらと蔓延していることを思い起こさせた。小学三年生のその夏休みは非常に退屈で、畑と民家しかない田舎道を散歩するか、家で夏休みの宿題をするか絵を描いているか、一人でオセロやトランプ遊びをするしかすることがなかった、テレビすらない家だった。おばあちゃんの病気の事情で、叔母家族の田舎の家に預けられていたのだ。叔母さんは仕事だし、中学生の弟は連日友達と遊びに行っているしで、高校生の兄と私だけが家にいることが多かった。物置にしていた部屋の荷物を端に寄せて無理やり場所を作った狭い部屋が、ひと夏の間、私の部屋として与えられた。
部屋で一人で遊ぶのに飽きると、畳の床に寝転がり、手足を伸ばして四肢を大きく広げ、畳の感触を楽しんだ。蝉はやかましかったし、何をせずともうっすら汗をかくぐらい暑かったけれど、窓から入ってくる風は都会のそれよりずっと遠いところから吹いてくる気がした。目を閉じていても、じりじり熱を放つ太陽に白っぽく照らされる畑の様子が思い浮かんだ。だいたい日に一度、自室で受験勉強をしていたお兄ちゃんが私を呼んだ。お兄ちゃんの部屋も網戸を開け放っただけの夏の大気が漂っていたけれど、受験生待遇で扇風機のある部屋はそれが人工的な強風を回すだけ暑さがましだった。それにお兄ちゃんは、友達がいないところに一人で来ないといけなくなって、テレビも見れなくてつまらないだろうと、一話分の三十分だけ、当時小学校で流行っていたアニメを部屋のパソコンで観せてくれた。そうする時彼はいつも、さっきまで自分が座っていた学習机の椅子を空けて私を座らせた。電源ボタンを押したパソコンが五分ぐらい時間を掛けながら立ち上がってアニメが始まるまでの間だけ、彼と話をした。今日はお散歩してどこどこに行った、とかどこどこのおばちゃんに話し掛けられて、なんて他愛ない話に彼は静かに相槌を打って、時々短いコメントをした。彼の部屋の畳には、少年漫画や服や封をクリップで留めたポテトチップスなんかが転がっていたりしたが、パソコンのために端に寄せた勉強道具からは熱心に勉強をしている様子がありありと伺えた。しばしば、「お兄ちゃんの勉強の邪魔になるんじゃないの」と尋ねてみることがあったが、彼は「休憩も必要だから」とか「息抜きしたくなるからね」などと言っていた。アニメ動画が始まって私がイヤホンを付けてそこに見入りだすと、彼は学習机の下に潜って、いなくなったみたいになった。指で私のパンツの上から擦ったり、その中をいじったりしているのは分かったけれど、私はそれを取り立てて気にしていなかった。お母さんの腕に頬ずりして皮膚と産毛の柔らかい感触を楽しむとか、くまのぬいぐるみに口づけするとか、私がするそういうことと同じ類の遊びなのかな、となんとなく思っていた。
でも、あの日がお兄ちゃんの部屋でアニメを観た最後だった。おばさんのラジオから、今日は猛暑日ですと天気予報が流れていた暑い暑い夏の日だった。網戸を開けて、扇風機を強にした彼の部屋の外からは蝉の鳴き声以外はほとんど音が聞こえてこなかった。田舎だから人通りも少なくて、時々車がヴーっと通り過ぎていく音がするだけ。たまに風に揺れて、向こうの縁側の風鈴がちりんちりんと鳴って余韻をもたらしてくる以外は、蝉がみんみんみんみん鳴いているばっかりだった、雌を求めて発情して生殖するために。お兄ちゃんはその日、「椅子の上にさっき冷たいジュースをこぼしたばっかりだから」と言った。学習机の椅子じゃなくて畳にうつむきに私を寝かせ、身体の上部だけを起こしてパソコンの画面を観れるようにした。アニメが始まると、私にイヤホンをつけさせ、私の腿の辺りに馬乗りになったのが少し不思議だったので、「なんで上に乗るの、隣で見ないの」と振り向いて聞くと、動いた口からの声がイヤホンからの音のせいで聞こえなかった、片耳を外して、「重いよ、隣で見たらいいのに」と言うと、「パソコンの画面は光を反射するから隣だと観づらいんだよ、ほら、耳つけて、始まってるよ」と片方ぶらんとしたコードの先を私の耳にきゅっと押し込んだ。そんなものなのかなあ、とも思ったけど、やたらとお尻に手が触れるのが気になったので、前の画面を観たまま、邪魔だよどけてよー、と呟いて手を払いのけようとした。途端、股の間にびりっと引き裂くような痛みが走った、「いっ、たあーーーっ」と慌てて振り返る、ズボンを脱いでパンツも脱いだお兄ちゃんがその股からにょきにょきと生えた丸っこくて長いものを、私の尻よりもっと下の方に押し当てていた。「え、なになになに、これ、なに、お兄ちゃんなにしてるの」まくし立てる私に彼の口は動くけど声は聞こえない、アニメキャラたちの声と楽しげなBGMしか聞こえない、上体をひねって腕で彼を押して落とそうとしたのに、彼の片手によって私の腕は手首のところで束ねられ、畳に身体をつっつけたまま背面からきりきりと固いものを打ち付けられる。もう、痛いとも、やめてとも言えない、よく分からないけれど抵抗を許されないことだけを悟った。足と足の真ん中のところはくっついているのに、そこを破ろうと千切ろうと穴を開けようと、大きくて固いものをぶつけてくる彼が恐ろしかった。痛みに少しでも耐えようと足に力を込める、声が出ないまま画面がにじんで登場人物と景色の色の境目が曖昧になる、彼が私のイヤホンを片方取って、「力を抜いて」と言った。何を言っているのかどうしろということなのか分からず泣きながら目をしばたかせる私に、「深呼吸して。ゆっくり、息を吸って、吐いて」と続ける。頭がこわさで真っ白で息を吸うってどうやるんだっけと思い出して、すうっと吸って、はっ、と吐く、「そうそう」という彼を赤い目で見つめる、「あと三回深呼吸してごらん」「そうだね、いい子だね」と言うと同時に、身体の内側がびりびりと破けて、気を失うぐらい痛いと思ったけれど、気を失いも死にもしなくて、ただ下半身の下の方に尖った太くて長い異物がずんと入った感じがした。終わりの見えなさは恐怖を増長させる。私は何の抵抗もできない、人間の皮を縫いつけた人形になったみたいな気持ちになっていた。すごく丁寧に裁縫して皮を全部くっつけていた人形の一部分だけが執拗に太い針に突かれてびりっと破れた、一ミリかニミリか裁縫の隙間が出来ていた不良品のお人形だったのかな、と思った。あー。こわくて悲しくて痛くて涙と鼻水とよだれが垂れる。お兄ちゃんがうつむきにしていた私をひっくり返して、仰向きに寝かせた。天井の明かりとお兄ちゃんの顔がぼやけて見える中、ぎらりと光る獣みたいな目が私を見下ろしているのが分かった。びりびり割れた傷口にもっとひどい傷をつけようとして、お兄ちゃんが何度も何度も腰を振る。片耳から聞こえていたエンディングの歌が聞こえなくなって、「じゃあまた、明日ね!」と主人公の女の子の声が聞こえてぶちっと音を失って、お兄ちゃんのはあはあという激しい息遣いと蝉の鳴き声だけが耳に届いてくる。
部屋で一人で遊ぶのに飽きると、畳の床に寝転がり、手足を伸ばして四肢を大きく広げ、畳の感触を楽しんだ。蝉はやかましかったし、何をせずともうっすら汗をかくぐらい暑かったけれど、窓から入ってくる風は都会のそれよりずっと遠いところから吹いてくる気がした。目を閉じていても、じりじり熱を放つ太陽に白っぽく照らされる畑の様子が思い浮かんだ。だいたい日に一度、自室で受験勉強をしていたお兄ちゃんが私を呼んだ。お兄ちゃんの部屋も網戸を開け放っただけの夏の大気が漂っていたけれど、受験生待遇で扇風機のある部屋はそれが人工的な強風を回すだけ暑さがましだった。それにお兄ちゃんは、友達がいないところに一人で来ないといけなくなって、テレビも見れなくてつまらないだろうと、一話分の三十分だけ、当時小学校で流行っていたアニメを部屋のパソコンで観せてくれた。そうする時彼はいつも、さっきまで自分が座っていた学習机の椅子を空けて私を座らせた。電源ボタンを押したパソコンが五分ぐらい時間を掛けながら立ち上がってアニメが始まるまでの間だけ、彼と話をした。今日はお散歩してどこどこに行った、とかどこどこのおばちゃんに話し掛けられて、なんて他愛ない話に彼は静かに相槌を打って、時々短いコメントをした。彼の部屋の畳には、少年漫画や服や封をクリップで留めたポテトチップスなんかが転がっていたりしたが、パソコンのために端に寄せた勉強道具からは熱心に勉強をしている様子がありありと伺えた。しばしば、「お兄ちゃんの勉強の邪魔になるんじゃないの」と尋ねてみることがあったが、彼は「休憩も必要だから」とか「息抜きしたくなるからね」などと言っていた。アニメ動画が始まって私がイヤホンを付けてそこに見入りだすと、彼は学習机の下に潜って、いなくなったみたいになった。指で私のパンツの上から擦ったり、その中をいじったりしているのは分かったけれど、私はそれを取り立てて気にしていなかった。お母さんの腕に頬ずりして皮膚と産毛の柔らかい感触を楽しむとか、くまのぬいぐるみに口づけするとか、私がするそういうことと同じ類の遊びなのかな、となんとなく思っていた。
でも、あの日がお兄ちゃんの部屋でアニメを観た最後だった。おばさんのラジオから、今日は猛暑日ですと天気予報が流れていた暑い暑い夏の日だった。網戸を開けて、扇風機を強にした彼の部屋の外からは蝉の鳴き声以外はほとんど音が聞こえてこなかった。田舎だから人通りも少なくて、時々車がヴーっと通り過ぎていく音がするだけ。たまに風に揺れて、向こうの縁側の風鈴がちりんちりんと鳴って余韻をもたらしてくる以外は、蝉がみんみんみんみん鳴いているばっかりだった、雌を求めて発情して生殖するために。お兄ちゃんはその日、「椅子の上にさっき冷たいジュースをこぼしたばっかりだから」と言った。学習机の椅子じゃなくて畳にうつむきに私を寝かせ、身体の上部だけを起こしてパソコンの画面を観れるようにした。アニメが始まると、私にイヤホンをつけさせ、私の腿の辺りに馬乗りになったのが少し不思議だったので、「なんで上に乗るの、隣で見ないの」と振り向いて聞くと、動いた口からの声がイヤホンからの音のせいで聞こえなかった、片耳を外して、「重いよ、隣で見たらいいのに」と言うと、「パソコンの画面は光を反射するから隣だと観づらいんだよ、ほら、耳つけて、始まってるよ」と片方ぶらんとしたコードの先を私の耳にきゅっと押し込んだ。そんなものなのかなあ、とも思ったけど、やたらとお尻に手が触れるのが気になったので、前の画面を観たまま、邪魔だよどけてよー、と呟いて手を払いのけようとした。途端、股の間にびりっと引き裂くような痛みが走った、「いっ、たあーーーっ」と慌てて振り返る、ズボンを脱いでパンツも脱いだお兄ちゃんがその股からにょきにょきと生えた丸っこくて長いものを、私の尻よりもっと下の方に押し当てていた。「え、なになになに、これ、なに、お兄ちゃんなにしてるの」まくし立てる私に彼の口は動くけど声は聞こえない、アニメキャラたちの声と楽しげなBGMしか聞こえない、上体をひねって腕で彼を押して落とそうとしたのに、彼の片手によって私の腕は手首のところで束ねられ、畳に身体をつっつけたまま背面からきりきりと固いものを打ち付けられる。もう、痛いとも、やめてとも言えない、よく分からないけれど抵抗を許されないことだけを悟った。足と足の真ん中のところはくっついているのに、そこを破ろうと千切ろうと穴を開けようと、大きくて固いものをぶつけてくる彼が恐ろしかった。痛みに少しでも耐えようと足に力を込める、声が出ないまま画面がにじんで登場人物と景色の色の境目が曖昧になる、彼が私のイヤホンを片方取って、「力を抜いて」と言った。何を言っているのかどうしろということなのか分からず泣きながら目をしばたかせる私に、「深呼吸して。ゆっくり、息を吸って、吐いて」と続ける。頭がこわさで真っ白で息を吸うってどうやるんだっけと思い出して、すうっと吸って、はっ、と吐く、「そうそう」という彼を赤い目で見つめる、「あと三回深呼吸してごらん」「そうだね、いい子だね」と言うと同時に、身体の内側がびりびりと破けて、気を失うぐらい痛いと思ったけれど、気を失いも死にもしなくて、ただ下半身の下の方に尖った太くて長い異物がずんと入った感じがした。終わりの見えなさは恐怖を増長させる。私は何の抵抗もできない、人間の皮を縫いつけた人形になったみたいな気持ちになっていた。すごく丁寧に裁縫して皮を全部くっつけていた人形の一部分だけが執拗に太い針に突かれてびりっと破れた、一ミリかニミリか裁縫の隙間が出来ていた不良品のお人形だったのかな、と思った。あー。こわくて悲しくて痛くて涙と鼻水とよだれが垂れる。お兄ちゃんがうつむきにしていた私をひっくり返して、仰向きに寝かせた。天井の明かりとお兄ちゃんの顔がぼやけて見える中、ぎらりと光る獣みたいな目が私を見下ろしているのが分かった。びりびり割れた傷口にもっとひどい傷をつけようとして、お兄ちゃんが何度も何度も腰を振る。片耳から聞こえていたエンディングの歌が聞こえなくなって、「じゃあまた、明日ね!」と主人公の女の子の声が聞こえてぶちっと音を失って、お兄ちゃんのはあはあという激しい息遣いと蝉の鳴き声だけが耳に届いてくる。
