今なら聞ける。そして、今しか聞けない。

由里はこちらを見た菜摘を見つめた。

何秒かそのまま見つめ合い、諦めたように菜摘が息をつく。

「嫌いだったのよ。紀ノ川蝶が」

その一言に続く言葉を待った由里は、何も言いそうにない気配に拍子抜けした。

「…それだけ?」
非難の響きを含んだ科白に、菜摘は仄かに笑った。

「そう言うと思ってた。大したことだったの、私にとっては」

「でも、だからといって」

蝶の苦しみを間近で見た由里は、そう言わずにはいられなかった。

その事件の直後から、蝶は給食を食べられなくなったのだ。喉を通らないといった様子で、飲み込もうとしても吐いてしまう。

だが、そんな蝶を周囲は理解しようとしなかった。

大義名分の元に堂々と人を虐めることが正当化されたと錯覚し、それが本当に嬉しいかのように笑いながら取り囲む。口々に汚い言葉で証拠もなくクラスメイトの一人を罵る友達だと思っていた人々を見て、由里は寒気がした。