ホームルームも上の空だったのは、きっと奏がとても冷たかったので心のダメージが回復しなかったからだ。
つまらない。関係ない。うんざりだと思ったからじゃない。
だから、終わったら誰よりも生き生きと鞄に教科書を仕舞って、一番に教室から飛び出す元気はある。
「武田」
「うわ」
せっかくこのまま一気に坂を下りようとしていたのに。
「敦美せんせぇ……」
熱血体育教師。一足先に夏が来たみたいに常にテンションの高い敦美先生。
名前は可愛いのに、意外とこの熱血で自由自在に動いて感情豊かな整った顔は女子生徒からモテている。
そんな先生の熱い眼差しが私に向けられている。
「進路指導室で待ってろ。俺はジャージに着替えたらすぐ行く」
「えー」
「逃げてもいいが、俺はあの下り坂でお前に追いつく自信があるからな」
先生の自信は本当だ。きっと今、全力で逃げても一瞬で捕まる。
以前、線路を横切って通学していた男子たちを見つけて、坂道で追い越して校門で見下ろしていた先生は、生きる都市伝説だった。



