先生、僕を誘拐してください。



「姉ちゃんはボーっとしてたから知らねえだろうけど」
「あんたはあんなに泣いてたのに、そんなこと見てたの」

二人して、思い出と呼ぶにはまだ生々しく傷口が開きそうな過去に触れ、沈黙する。
またからかうには早過ぎた。

「ねえ、奏って蒼人の前では喋るの?」
「喋るよ。声変わりしてからは、なんか短いレスポンスだけど」

蒼人の前ではそんな風なのかと思うと、少しだけ悔しくて苛々してしまう。

「本音は言わなくなったかも。もう少し正直になんでも話してたのに」
「そう」

それを言われたら心当たりはある。

本音は今、私の部屋の窓辺に現れているから。


「自転車、ありがとー」

ようやく追いついて、自転車置き場で手を差し出しながら言う。
鍵を返せと暗に言ったつもりで手を出したのだけど、奏はじっと私を睨む。

「朝倉くんには、もう話しかけないでって言ったよ。心配しすぎ」

「……」

「マスクして坂を登るってきつくない?」