弟と一階でいっつも馬鹿やっていた奏が、わざわざ二階の私の部屋になってきて、そう言ったのだ。
「家庭教師代は、父さんがちゃんと払うって。だから俺に勉強教えて」
「えー、嫌よ。あんた馬鹿っぽいもん。バイトあるし」
「予習復習するし、お願い、先生!」
私を調子に乗せようとそう言ったのかもしれない『先生』という言葉。
家庭教師している時間、奏は私を先生と言うようになったのはあの瞬間からだったろうか。
奏は、あのバスに乗っていなかった。
だから後ろめたいのかもしれないけれど、私には事情は興味なかったので聞かなかった。
ただそれだけのことなんだ。
それから夏から受験まで、人懐っこい笑顔の奏の勉強を面倒見た。
蒼人と同じく生意気だと思っていた奏は、可愛い。
癒されていく。
あの汚れた現実の中で、可愛い奏は私の唯一の癒しだったのかもしれない。
「奏の声は、カナリアみたいで綺麗」
「俺の声が?」
「うん。淀んだ夜空でも、きっとどこまで澄んで聴こえるんだろうなって思う」
机に突っ伏していた私は、横を向く。
問題を解いている奏の顔を見上げて、微笑む。
まだどこか幼さを残し、目も大きいし制服は、身長が伸びるのを予定して大きいし、なんだか可愛い弟みたいだ。
「あはは。俺が? 吹奏楽の中で合唱する男子、俺だけで恥ずかしいんだよ」
「うん。でも、女の子の声の中で、奏のボーイソプラノだけ私の耳に綺麗な音色で入ってくる。私は好きだよ、奏のカナリア」



