頭を下げて、そそくさと奏がこちらへ向かってくる。
擦れ違い様、私を見る奏の瞳。
――私の知らない、男の子の目をしていた。
「ありゃあ、ちょっと格好良いかもしれない」
「ちょっとじゃないですよ!」
「わーん。何話していいか分からなかったっ」
「あの低い声で歌ってほしいよねえ。ジャズとか!」
二年生が黄色い声をあげながら、残念そうに奏の後ろ姿を追う。
「ってことは、勧誘駄目だったんだ」
「はい。なんかバスケもあるし、夏は生徒会も手伝わなきゃいけないらしくて」
「はあ!?」
それも知らない。生徒会って先生の指名制だし選挙とかないけど、成績の良くないはずの奏が誘われるはずない。
だって私が家庭教師したんだよ。けっこう色々初級から教えたよ。
「曲だけ決めて、も一回誘って好みだったらお願いしようか」
「そうだねえ。ジャズだったら私、楽器にしてもいいし」
「私もー」
皆が盛り上がる中、私は突き抜けるような青空を見上げる。
バイトに行かないといけない。
けれど、なんだか、私の知っている世界が狭すぎて。
空がどんどん広がっているように感じた。



