私から逃げていた奏を正面から見上げる。
――いつから奏を見上げなきゃいけなかったっけ。数か月前まで、目線は一緒だったのに。
マスクで口を覆った奏は私を見て目を見開いた後、バツが悪そうに視線を逸らす。
その姿が、さっき私が見た奏と違って大人びている。
違う。さっきの奏とは、この生意気な奏は違う。
じゃあ先回りして私の部屋に奏が入っていたわけもない。
ぐるぐる考えていると、奏は私が言葉を発しないので怪訝そうな顔で見てくる。
「や、えーっと朝倉一くんとは付き合ってないどころか今日が初会話って勢いだよ」
すると、私の言葉に急に耳まで真っ赤にして焦った様子で目を泳がせている。
「幼馴染みのアンタに言わなかったって、別に言うことでもないから。これで納得してもらえる?」
首を傾げて奏の顔を覗きこむと、マスクを広げて目以外を覆ってしまう。
そしてこくこくと頷いてまた背を向けた。
……何よ。アンタが聞いた癖に。
「姉ちゃん、どうしたの、超エスパー」
「何が?」
ポカンとしていた蒼人が、何か言いかけようとして奏にゲーム機のコントローラーを顔に投げつけられ、喧嘩を始めてしまった。
「……まあ、いいか。あんたらさっさと宿題して寝なよ」
雑巾をキッチンから一枚失敬して、なんだか凄くふに落ちないまま階段を上る。
なんだったんだ。さっきの部屋のあれ。
自分でも何が何だか分からないまま、開けたまま飛び出した部屋を覗く。
すると、カーテンが揺れる先に、夢ではない。
また、奏が立っていた。
『なんで俺に言わないで、向こうの俺に言うの』
「え……?」
『俺が本音を言う、良い子の奏なんだから俺に教えてくれたっていいじゃん』



