先生、僕を誘拐してください。



カウンターに手をついて少しだけ上に手を伸ばしていた母に、急いで駆け寄って皿を取る。
事故前は、これぐらい背伸びしたら取れてたのに。
が、それを口に出すほど私も馬鹿じゃない。

「ありがとう。あのね、美空」

お母さんが少し、にやにやと悪い顔をして私の耳にそっと囁く。

「奏ちゃん、声変わりなんですって」
「こ?」
「しっ」
慌てて口を手で塞がれて、母が必死で人差し指を口に当てて奏の方を見た。

「変声期。奏ちゃんは、蒼人みたいに緩やかに、いつのまにか変わちゃうんじゃなくて、急にみたいよ。私の前で喋らないの」

クスクスと母が笑うが、私だけを無視しているわけじゃないと分かって少し溜飲が下がった。
だから蒼人みたいな単細胞で、高校生になっても女の子にブスって言う様なガキと一緒にいるのか。蒼人なら、そこまで変声期について突っ込みそうにない。


中学から音楽部に在籍してたから、知ってる。
綺麗なボーイソプラノが、いきなり低い男性の声に変わるのも。

今まで出せていた音域が出せなくて戸惑う姿も。