先生、僕を誘拐してください。



少し前の私なら、奏を傷つける言葉を吐いたかもしれない。
なのに落ち着いている。
それはきっと奏の本音を知ってしまっているからかもしれない。

そして同時に、お母さんを尊敬した。
お父さんを最期まで見ていたお母さんが、誰も恨んでいないと微笑んでいるのだから。


私は幸せで。
奏の心を知ってしまっている分、余裕もあって、そして背中を押してくれて、やっぱ奏は誰よりも大切な相手で。
だから落ち着いていた。

慈愛に満ちて微笑んでいる満月のように、静かで温かい光のように。




「なあ、奏。お前も看板見てくれよ。なんか耐度が弱い気がするんだってば」
「ガムテープで補強すればいいじゃん。ちゃんと釘は刺したんでしょ?」
「うーん。だから念のためさ」

「蒼人、あんた奏にばっかり頼まないで。自分でなんとかしなさいよ」

12時過ぎに、ご飯を食べながら二人は学際の看板について、あーでもない、こーでもないと言い合いながら公民館に向かい、夕方まで練習して帰ってきていた。

次の日は応援団の練習と生徒会の準備で奏は忙しそうだった。


いつか、……いつか奏は私に聞いてくるのだろうか。

本音くんさえ私に言えなかった『俺のせいで、美空のお父さんがあのバスに乗った』という真実を。

溜め込まないで、言ってくれたらいいのに。

誰も奏を責めないのだから。