『先生、先生』
お風呂上り、本音くんはまた現れた。
髪を乾かしながら部屋のドアを開けたら、ずっと待っていた。
「どうしたの? 久しぶりだね」
奏は相変わらず生意気だけど、話しかけてくる。部活で会える。
たまに家で、お母さんや蒼に隠れて手を繋いだり、抱き着いたりして……中途半端な関係ながらつながりを感じている。
だから本音くんが現れる回数が減ったような気がしていたのに。
『なんで先生は気づかないの』
「気づかないって?」
『僕の愛は深いんだ。でも無理してるって』
「奏が無理? どういうこと?」
窓辺の奏に近寄ると、睨まれた。
その目には大粒の涙が浮かんでいる。
『そして後悔してる。懺悔したいのに、嫌われたくないんだ。大好きな先生に』
「なに?」
私に言っているのか、自分に言い聞かせているのかわからない言い方に、聞き返す。
すると、その幼い目は私を捉える。縋るように、恨むように、悲しむように、崩れ落ちるように。
『先生が自分で気づかないと意味がないよ』
消えていく。その目は私を見ているのに、悲しそうで。
私は確かに夏休みに入り、目標が変わってからあわただしく日々を過ごしてきた。
でも奏と会わなかった日はないし、不安に思うことはなかった。
どういうことなんだろうか。
消えてしまった窓辺の本音。
カーテンを握りしめ、私は空に浮かぶ月を見ながら途方にくれた。