どれ位走っただろう。

息は切れ切れで、言葉が上手く出ない。

『んでッ…… 逃げるのよ…!』

ようやく出た言葉に夏希はバツの悪そうな笑顔を見せる。

『まさか会うとはねぇ』

こっちは探してたって言うのに。

『絵理もこの辺なんだ?』

『絵里香よ』

『え?』

『本当の名前は絵里香よ』

何故、伝えたのか自分でも解らない。
でもずっと言いたかったの。

『夏希が本名だったから、私も言いたかったの!』

必死な私が可笑しかったのかケラケラと笑い出す夏希。

『本名じゃない事は知ってたよ』

大きな手が優しく髪に触れる。

『名前も連絡先も知らない。 それでも出会えたら運命だなって思った』

そうだ。
私もそう思ったんだ……

『って、じゃあ何で逃げたの⁉︎』

『やー、だって、次会ったら抱くとか言っちゃったし』

……やっぱり、そんな気なかったんだ。

『正直、気持ちの入ってないやつに興味はないからさぁ』

私の知ってる優しい顔だ。
何だかほっとする。

『夏希はもう会いたくないの?』

大きな手を握り答えを待つ。

私は会いたい。
今までどんなお客さんに対しても、こんな風に思った事はない。

夏希だけは忘れられない……

『何もする気はないけど…… うち来る?』

『夏希の家?』

『うん。 一人暮らしだけど、絵里香が良かったら』

顔に似合わない大きな手が指を絡めて来る。
骨張った大きな手。

気づいたんだ。
私はこの手が大好きだって……