COUNT UP【完】


實が立ち上がったことにもビクッと内心したけど、何事も無かったかのようにバスルームへドライヤーを直しに行く。

「今日のチェックアウト何時?」

奥からの声に「無いよ」と答える。

「は?」

バスルームのドアまで来た實に「夜ご飯、ホテルで食べようと思って予約してあるの」と伝えると、「また悠穂の予言どおりか」と呟いた。

「ポンちゃんから何か聞いたの?」
「いや、別に」

はぁぁぁ~と盛大な溜息を吐いて、また戻っていく。
溜息の理由はもうわからなくはないけど、あえて聞かずに準備を始めた。

ディナーは19時。
きっと披露宴のご飯でお腹いっぱいになるだろうからと時間を調整したけど、泣きすぎて食べれてないし、体力使ってお腹が減ってる。
自分を甘くみすぎてた。

髪はかなりの出来で結われているからこのままにして、メイクだけする。
さっきの結婚式よりも少しだけ甘く可愛く、普段使わないピンクとか使ってみたりして、これから巻く後れ毛に負けないようにルージュも少し艶っぽく。
服は少しお手洗いが大変だけどオールインワンで童顔を少しでも大人の女性に近付けるように。
背が高くて喋らなければモテる實に並んでも浮かないように頑張ってみる。

「なに、気合い入ってんな」

...たとえ實に響かなくても。

「實、うるさい」
「褒めたろ」
「それ褒めたにならないよ」

背伸びしていることは自覚してるし、めちゃくちゃ褒められても今更変な感じがするのも否めない。

結婚式で着たスーツしかないと言って、予備で持ってきていたシャツを着て、少しだけ髪をセットした實は私服しか見ないあたしには結構クるものがある。
結婚式の時はポンちゃんといずみんに集中してたから気付いてはいたけど、やっぱり黙っていればカッコいい。
会社でもモテるんだろうな...と考えると少し気が滅入る。


レストランまでの道のり、通り過ぎる女性たちの視線をチラホラと拾い集めるあたしに気付いてるのか気付いていないのか、その視線にすら気付いていないのかすら1、2歩先を歩く私には見えないけれど、きっと實のことだから気にもしてないんだろう。

意識する、彼女になるというのは大変なことだと毎度ながら思う。

「唯」
「はい?」

振り返ると眉間にシワを寄せた實が足を止めた。

「どうしたの」
「無視すんな」

腕を組んで拗ねてるみたいに見える。
それがなんだか可愛くて實の傍まで戻る。

楽しい夕食をいただけるレストランは目の前。
組んだ腕の間に無理やり自分の手を通して腕を掴んだ。

「ほら、腕組みするのやめてディナー楽しもう?」

微笑むと腕組みをやめて、あたしが触れる手をポケットに入れるとレストランと反対側へ歩き出した。

「え、ちょっと、入らないの?予約時間だよ」

そんな言葉も無視してロビーの方へ向かう。
何を考えてるのかわからなくて、えぇ~と思っているとエレベータホールに入ってすぐの壁に押し付けられた。

「え、え、えぇ?!」
「行くぞ」

急なことで驚いたし、周りに人がいなかったのか気になるし、なによりどこでそんなスイッチが入ったのかが一番気になる。

エレベーターホールに入り、誰もいないことを確認してから死角に入るところへ連れてきたと思ったら、何を言うでなく近づいてきて軽く唇が触れた。
キスしたといえるようなものじゃなく、本当に唇と唇が事故って触れたみたいな感じで一瞬だった。

レストランに入ってしまったから理由を聞くに聞けなくて、横から見上げても表情からは何も読み取れないし、でも機嫌は悪くなさそう。

ディナーの前にもやもやするのもなんだから、もうなんでもいいや!と考えるのをやめた。