COUNT UP【完】


すっきりした身体に香水が苦手だからいつものボディクリームをぬって髪を乾かしてから部屋へ戻ると、ベッドサイドで座ったままこっちを見ていた實と目が合った。
時間もそこそこ無いから、少しだけ微笑んで鏡台の椅子に座った。

「唯」
「なにー?」
「ピアス、どうした?」
「あたしの?」
「違う、昨日の」

聞いてくるんだ、と思いながら「捨てた」と答えたら、ふふっとこぼすように笑ってから堪えきれず声を出して笑った。

「即答かよ」
「え、いるならベッドサイドのゴミ箱に入ってるから拾っていいよ」
「ゴミ箱…ぶはっ」
「え、なに?」

化粧水を顔全体に両手でおさえながら鏡越しに見ると、笑いながら手招きしてる。

「えぇ~今は行けない」
「それ終わってからでいいから」

化粧水が染み込んだのを確認してから髪をお団子にして、隣に座るとそのままぎゅっと抱きしめてくれた。

また一体どうしたんだろう。
思春期の男女より扱いが難しいんだけど…と思いながら、「髪ぬれてるよ」と言うと「別にいい」と頭の上から小さく落ちてきた。

「どうしたの?ピアス捨てたのが、そんなに面白かった?」
「ぶはっ、予想外で超おもしろい」

さっきまで怒ってたくせに、と思いながもされるがままでいたら、なんだかお互いに落ち着いてきたのか同じタイミングで深呼吸に似た長い息を吐いて、どちらかともなく抱きしめあった。

「…態度悪くて、悪かった」
「ほんとだよ。思春期真っ盛りかと思ったよ」
「ごめん」
「え、謝ってる」
「驚くことじゃないだろ」
「…なんだか今日は知らない實ばっかりで大変なんだけど」
「それはこっちのセリフだ」

なんだか聞き捨てならない言葉に離れて顔を見上げると「笑ってるし…」なんとも優しい顔だった。

「ねぇ」
「なに」
「なんで怒ってたの?」
「怒ってない」
「怒ってたよ。あたしなにかした?怒らせることした?急変するから普通に泣けるくらい辛かったんだけど」

なんて口では言うけど、そこまでじゃない。
きっとその嘘はわかってるはず。
見下ろす顔はバツが悪そう。
原因はあたしなんだろうけど、實の態度は間違っていたってところだと思う。

2年も一緒にいれば何を考えいるのか少しはわかるようになった。
ポンちゃんはふんわりした空気をまといながら意外と短気な性格だけど粘り強くて我慢強い。
ただ溜め込むと一気に爆発しちゃう。

實は単細胞で基本的には考えるよりも先に行動しちゃうくせに肝心な時は変に考えて動けなかったり言葉にできなかったり、単純なくせにややこしい。
でもあたしのことをとても大事にしてくれる優しい人。

「泣いてはないけど、普通の女の子だったら泣いて、今頃ちょ~ケンカしてるところだよ。實は女泣かせだってポンちゃんが言ってたから気にしないかもだけど」
「泣かせてねぇし。そもそもお前、泣いてないじゃん」
「泣く女はめんどくさいってよく言うじゃん」
「...悠穂の前では遠慮なく泣いてただろ」
「ポンちゃんだからだよ」

なんだそれ、と眉間に皺を寄せる。

「ポンちゃんはファミリーだもん。實は違うでしょ?泣いたり我が儘言ったりしたらいなくなっちゃうかもしれないでしょ?」
「だからそれは...」
「でも離れちゃうことの方が多いの。實は変わってるんだよ」

なんだか泣きそうになって少し距離を取った。
もう我が儘や泣き言で大切な人に面倒は掛けたくない。
もっと強くなきゃいけない。
だってもう傍に全力で甘えさせてくれるポンちゃんはいない。

實の前では簡単に泣かないって、實への気持ちに気付いた時に決めた。
だから、そこはブレたくない。

實は少し間を置いて、盛大な溜息を吐いた。
なんで溜息を吐くのかわからないけど、ポジティブな思考でないのは伝わる。
ポンちゃんがいた時に比べて泣かなくなったし、小さなことで騒がなくなったから少しは成長してると思ってたけど、全く変わってないんだろうか。

ん〜?と腕を組んで考えてると、「なんだそれ」と午前中だけで何回聞いたかわからない疑問とも苛立ちとも困惑とも受け取れない表情と声色で呟いた。

「結局、悠穂だけか」
「え?」
「なんでもない。時間せまってきたし着替えろ」

元に戻ったかと思えば、また振り出しに戻る。
何を考えてるのかわからないけど、話そうとしないし、分かり合えそうにもないから放っておこう。
思春期男子は扱いにくいな...と思いながら、立ち上がり準備を始めた。