「ユイ、起きろ」
やめて、現実に引き戻さないで。
あたしは今アリスと一緒にウサギを追いかけてるんだから。
「ユイ、いい加減起きろ!」
「やだぁ~」
「やだとか言うな!ほら起きないと、襲うぞ」
最後の一言で目が開いて、ポンちゃん何言ってんの!?て言おうとしたら、被りこんでいた布団を思いっきりめくられた。
「キャー!!」
「うるさいぞ、ユイ」
体を丸めて顔を両手で覆っていたけど、ポンちゃんじゃない声が聞こえて指の隙間から見えた顔は、
「キス魔!!」
昨日あたしにキスをしたミノルという男だった。
「なんでうちにいるの、ポンちゃん!?」
「あ?俺はお前を起こしに」
「違う!この人!!」
起き上がってポンちゃんのジーンズを引っ張りながら、少しでも離れたくてベッドの隅の方に逃げる。
「なんでなの!?」
「昨日、電話したのに出なかっただろ?」
「それがどうしたの!?」
「その時に今日ミノルも一緒に行くからって言うつもりだったんだ」
「聞いてない!!」
「電話に出なかったお前が悪い」
「あたし、この人と一緒に行くのやだ!!」
掴んだままのポンちゃんのジーンズをひたすら引っ張る。
脱げるからやめろ!と言いながらジーンズを上げるポンちゃん。
「ユイ、起きてるの~?」
あら、開いてるじゃない?と部屋に入ってきたのはママ。
「ママ!なんでポンちゃん以外の人いれたの?!」
「だってユイ起きなかったじゃない」
「だからって!」
「朝からいい男に起こされて幸せじゃない」
朝ご飯食べに来なさいね、と言って部屋から出ていった。
階段を下りる途中では「羨ましいわ~」という声まで聞こえた。
いくらポンちゃんで免疫があるといえども、さすがに自分の娘を心配しなさすぎなんじゃない!?
キス魔は「母ちゃんおもしれぇな」と笑ってるし。
「さ、朝飯行くぞ」
「は!?」
あたしをベッドから引きずり下ろして腕を掴んだキス魔が言う。
「俺とユイは朝飯食うから先に行っていいよ、ポンちゃん」
「はぁ?講義は?」
「だって俺、2限からだもん」
キス魔はポンちゃんに「そういうことだから」と手を挙げて、あたしを引きずりながら部屋を出る。
「やだ!あたしも準備してポンちゃんと一緒に行く!!」
「ユイも2限からだろ。飯食え、飯」
「なんであんたがあたしの受講科目知ってんのよ!?」
引きずられるのも階段はさすがに怖くて自分で下りるけど腕は離してくれないまま。
それより、どうしてあたしが今日は2限からだってことを知ってんの?!
この人マジで怖い!
「やっぱりユイは知らなかったんだな」
後ろからポンちゃんが暢気な声で言うから「知るわきゃないでしょ?!」と後ろを見ると、「危ないぞ」と隣のキス魔に頭のてっぺん掴まれて前に向かされる。
こいつら一体何しにきたの?!とイライラが募って表情も態度も話し方もふてぶてしくなる。
リビングに着くとキッチンではママがニコニコ笑いながら動いてて、テーブルには何故か3人分の朝食がある。
4人掛けテーブルにいつもママの前にあたし、あたしの隣にポンちゃんが座るのに、今日はあたしの隣にはキス魔が座って、ママの隣の席にポンちゃんが座る。
「ママ、ポンちゃんはいるけど、この人の分はいらないよ」
「“この人”呼ばわりか、俺は」
「あんたは“この人”で十分よ」
「ユイったら、もう!ミノルくん、この子は放っておいて食べてね」
コップにオレンジジュースを注ぎながらママがキス魔に微笑む。
あたしには笑いかけてくれないのに!なんて子供地味たことを言うつもりはないけど、ポンちゃんと同じくらい優しくするから、なんかムカつく。
「“あんた”に“この人”に、名前があっても意味ねぇな」
隣で呟いたって呼ばないんだから!と睨みつけるとママとポンちゃんに「睨まないの」と怒られた。



