1時間というのはテレビを見ていたら一瞬で、部屋のインターホンが鳴ったときはまだ30分くらいしか経ってないんじゃないかと思った。
ベッドから降りて、ドアを開けると汗だくの實が立っていた。
「おかえり」
「...鍵開けるとき、もっと警戒しろよ」
あたしの顔を見て、すぐ逸らすと無表情の中に少しだけ苛立ちを隠して部屋に入ってきた。
入口に並行して立ってたあたしの存在を無視するように入ってくるからドア側に避けた。
ランニング中に何かあったのか、それともあたしが何かしでかしたのか理由はわからないけど、ご機嫌は斜めのよう。
實のこういう不機嫌な感じは出会って初めて。
怒ってるのかわからなかっただけかもしれないけど、あんな風に無視するような態度も睨むような顔も向けられたことがなかった。
やっぱり何かしちゃったんだろうか。
わからないけど、言われるまで待っていよう。
部屋に戻るとバッグから服を取り出してシャワールームへ向かう實とすれ違ったけど、アイコンタクトもないし、コミュニケーションもない。
どうしたもんかと思いながらもベッド前のソファに座る。
テレビを見ながら原因を考えるけど、やっぱりわからない。
考えてもしかたないから聞こう!と決めて、實のあとに自分もシャワーを浴びて準備をするのにドレスをカバーから外したり、パンプスを出したり、アクセサリーを出したりしてた。
出てきてすぐに「次、あたしも入るー」と言って、備えてあるバスタオルを持ったまま話しかけるけど、スルーされてしまった。
ポンちゃんはあたしが甘えすぎてすごく怒った時でも無視はしなかったぞ?と思いながら、後ろをついて歩く。
これがまたウザいってポンちゃんに言われたけど、怒ってる理由がわからないと、ポンちゃんの結婚式が楽しめないのは困る。
「なに」
案の定、苛立ちにじみ出る声。
ちょっとズキってしたけど、理由を聞くまでマイナスにならないっていうモットーがあるから聞くまでは勝手に傷つかない。
「イライラしてるから理由が知りたくて」
窓際まで追い詰めて、聞いてみるけど目は合わせてくれないし、返事だってしてくれない。
この1時間で何があったんだろう。
本当に謎すぎる。
「原因はあたし?それともランニング中に何かあった?」
無反応だからバスタオルを置いて、一歩近づく。
濡れた髪から雫が落ちる。
肩に掛かるタオルで前髪や襟足を拭くけど、逃げない。
謎すぎる行動に、とりあえずどこまでできるのかやってみることにした。
前髪を拭くとき、隙間から見える視線があたしを捉えて思わず手が止まる。
背が高い實がもたれて少し屈みながら頭を下げているから視線の高さが同じでドキリとした。
「どうした?」
屈んでいたのがしんどかったのか、そのままズルズルと座りこみ上目遣いに止まったままのあたしの手を取った。



