教室はまだ施錠されていなくて、自席の引き出しを覗く。
すると、忘れた財布が入っていた。


「あ、よかった…………きゃっ」

安心して手に取ると、財布は水浸しになっていて、驚いた。

お金を抜かれてはいないようだが、あからさまな嫌がらせに、一度財布を机に置いた。
どこで濡らされたんだろう。トイレじゃないことを願う。
鼻を近づけて確認したが、特別変なにおいはしなかった。

……2年前は、こんな出来事に泣いたこともあったけど、そんなことに翻弄されるほどの感情も湧かず、私の心は凍っている。


濡れた財布を、ハンカチに包んで鞄に入れる。
教室を出た後は、陸上部に見つからないようにして自転車置き場に戻った。

原田には見つかりたくないのだ。
誰もが私を空気にしているのに、あいつだけはずっと変わらないことに苛立ちを隠せなくなるから。

そしてまた、……彼女の怒りを買う。



赤い自転車に跨り、陽の落ちた道を駆け抜けていく。
閉店時間を迎えた商店街は次々に店じまいを始め、コシノサイクルもシャッターが閉まっていた。
隙間から、明かりが漏れてはいたけれど……700円は、明日でいいか。
それに、お金も濡れてる。

自転車屋さんに、情けない私を知られたくない。
高校で、空気として扱われることには慣れたが、親にも、中学の友達にも……今の私を知られたくはなかった。