「…何」

小篠さんはそっけなく答えるけれど。

何も言えない。
小篠さんの腕に、手を伸ばすことしか。

私は自転車のハンドルから手を離して、小篠さんの胸に飛び込んだ。

一点で支える自転車のスタンド。
急に離したハンドルがぐるりと回り、やがて動きを止める。
私はその隣で、小篠さんの体を目いっぱい抱きしめていた。

「…帰んないの」

心地いい低音が耳に響く。
小篠さんの声は大好きだ。

「ぎゅってしてもらってから帰る」

「今してるじゃん」

「私しかしてない……」

甘えるように、小篠さんの胸に頬を擦る。

「はーぁ。発情期かおまえは」

そう言いながら、小篠さんは少し強く私の腰を抱き寄せた。
しっかりと密着すると、心の隙間がぴたりと埋まるように思える。