しかし、ここにいる一翔は特に秀でた才能もなければ、学力も高くはない。
ましてや、年間1000万円を払うことのできる家庭で育ったわけでも全くない。
そして、この転入自体が一翔から望んだものでもなかった。
「俺…なんでこんなとこに呼ばれたんだよ」
桜ノ宮学園に一翔が呼ばれた理由。
それは、三カ月前にさかのぼる。
*****
高校1年生の冬。
ピーンポーン…
いつものように学校へ行き、部活をこなして帰って来た一翔に客が来た。
(こんな時間に誰だよ…)
今日のメニューは厳しいロードワークで、体は疲れの限界に達している。
さっさと風呂に入り、早めに寝ようと思っていた一翔にとって、この来訪が重なったのは不運だったのかもしれない。
ガチャッ…
「夜分遅くにごめんね。黒川 一翔くん、よね?」
一翔の家をなんの前触れもなく訪ねてきたのは、とある女性だった。
「そうですけど……」
「私は、桜ノ宮第一学園高校の理事長をやってる、桜ノ宮 春子っていいます。ちょっと話があって来たんだけれど…上がっていい?」
桜色の巻き髪に、長身でスレンダーな立ち姿。
ちょっとした動作でほのかに広がる、ラベンダーの香水。
そして、(一応謝罪の文句は入れたが)10時を過ぎた時間に来訪し、さらには家へ上げろという常識のなさ。
綺麗な女性とはいえ、明らかに怪しい。
「…………。」
「あっ、別に怪しい者じゃないわ!あなたに相談があって来たのよ。こんな時間にこんな場所で話していたら、ご近所に迷惑でしょう?」
一翔の怪しいものを見るような目に気づき、慌てて否定する春子。
それでも疑いが解けない一翔に、春子は軽くため息をつき、一言話した。
「…お父様とお母様から、手紙を預かっていたの」
「!?」

