興奮が収まって、涙が止まり、そっとバスタオルから顔を離した。


 榊田君のスニーカーが見える。


 やっぱり足が長い。


 やっぱり傍にいてくれた。


 象さんから立ち上がり、ふらふらと水道場に行って顔に水を思いっきりかけた。


 もう寒いんだか暑いんだかわからない。


 ただ、水は冷たいはずなのに温かく感じたということは相当冷え切っているのだろう。


 また顔を洗ってからふらふらと象さんに戻ると、パンダに榊田君の姿がない。


 塗料の剥がれたパンダの頭を叩き揺らすとギコギコと音を出す。


 そんな私の頭上に何かが置かれた。



「ほれ。ホットのオレンジジュースはなかったからココアだ」



「ぞんなの私も見たことないわ。ありがとう」



 ぼそりとお礼を言って受け取った。


 鼻をすすりながら、ココアを飲んだ。


 頬に当てると、冷えた頬には熱かった。


 榊田君は何も話さないし。


 私も話さない。


 やっぱり、ギコギコ、びゅーびゅー、ひっくひっくと奇妙な音の合唱。




























 嗚咽が収まって、ぽつりと私は口を開いた。



「本当にこれで終わりだわ。何度も終わりだと思ったけど、これが本当に最後」



 佳苗さんとはじめて会った時。


 故郷での再度の告白の時。


 彼が結婚した時。


 挙式の時。


 何度もこれでこの恋は終わりだと思ってきたけど、これが本当に最後だ。



「そうか?水野のことだから第二子やらマイホームを購入する時も同じことをしそうだ」



「ちょっと!第二子はともかく、何でマイホームで泣くのよ!?」



 むっと、しながら私は榊田君を見た。


 彼は英国貴族のように音を立てずに缶コーヒーをすすった。



「水野だからありうる。俺には予測不可能だ」



 冷えて暖を取れそうにもないから、飲み終わったココアの缶を地面に置く。



「もう終わり。もう、この恋で泣くことはないわ」



 榊田君も私の缶の上に、缶を積み上げた。


 夕焼け空はとっくに出番を終え、暗闇が空を支配していた。


 白熱灯が私たちの足元を照らしている。