歩調はゆっくりだ。


小さかった私に合わせて、いつもゆっくり歩いてくれていた仁くん。


今は、貴重な二人の時間を惜しむように自然とゆっくり歩く。


言葉は交わさない。


手も繋がない。


それでも、この瞬間は優しく、淡い。


公園を横切ると、ベンチがあって、ゾウさんもやっぱり変わらずにあって。


ここは仁くんに呆れられて泣いた場所であり、榊田君に告白した場所。


思わず、歩みが止まってしまった。


そんな私の手を仁くんは優しく掴むのだ。


 手を繋ぐという感じではなく、私の手のひらを支えるような感じで。


 仁くんと向き合う。


 色素の薄い瞳も、この残酷なほど優しい手も私は愛してる。


 ずっと、愛してる。



「榊田が小春を裏切ったら、小春が望まなくても排除するから。恨まれても小春には完璧な幸せを手に入れて欲しい」



 完璧な幸せ。


 あるとしたら。


 それはきっとこの瞬間なのではないだろうか。


 仁くんの幸せを祈れているのだから。


 仁くんの隣にいるのが私じゃなくても彼の幸せを願えているのだ。


 殺したいほど憎んでいた彼の幸せを。



「榊田君は私を裏切ったりしないもの。だから、仁くんを恨むこともないよ」



 あいつを信じてるんだな、と独りごちるように彼は呟いた。


 その声はオレンジ色の空に淡く溶けていく。


 瞳がオレンジ色に滲むように揺れる。


 この手を私はずっと信じている。


 今も昔も。


 ずっと。












 そして。


 私をまっすぐ見つめるあの漆黒の瞳を。


 ずっと信じてる。


 信じてる。


 ずっと。




                    【完】