それから、少ししてまたドアの開く音がして、身を強張らせる。


 私の近くに、コップが置かれる音がしたが、それに手をつけることはなく蹲っていた。


 お互いに話さず、時間は刻々と流れる。


 時間が経つのに、自分の心の乱れを正すことができない。


 自分の行動を取り繕うことさえできない。


 でも、もう立つことぐらいはできそうだ。


 このあまりに気まずい空気から逃げ出したかった。



「わ、わたっ、わたし、帰るね。一人で帰れるから」



 頭から上着を取り、それとカバンを抱き込むようにして、榊田君のアパートを出た。


 雨が降っていたが構わず走った。


 が、何歩か駆け出したくらいで目の前に榊田君が回りこんできた。



「送っていく」



 そして、私に開いた傘を差し出す。



「ひ、必要ない。い、家近いし。過保護過ぎよ」



 下を俯いたまま答える。


 声も身体も震えてどうしようもない。



「触れたりしないから、送らせてくれ」



「ご、ごめんなさい」



 私は傘を受け取り、歩いた。


 ほとんど小走りに近いスピードで。


 アパートの門の前でいつもお別れを言うのに、今日は彼のほうも見ることをせず、階段を駆け上がった。


 カバンを引っ掻き回し、鍵を差し込む。


 手が震えて、なかなか上手く入らない。


 ようやく開いたドアに滑り込むように入り、鍵を閉めると、力が抜けて、そのままへたり込んだ。


 口元を手で押さえ込み息を吐き出した。


 いまさらに、自分の無防備さに恐怖を抱いた。


 今まで、どうしてあんなに無防備でいられたのだろうか?


 榊田君が言っていた意味を今ようやく理解した。


 私は本当に馬鹿だ。


 しばらく、ドアに寄りかかりながら座り込み動けなかった。


 ケーキ食べ損ねたな、とそんなことが一瞬だけ頭を過ぎった。