『じゃ、進むよ』

私がシートベルトをしたのを確認すると、車はなだらかにオフィス街を出発する。

本日のBGMは、サザンの夏ナンバー。

8月の後半にピッタリの、静かな曲が流れていた。

何故かこちらが道案内をしなくても、スムーズに進んでいるところを見ると、渚ちゃんがだいたいの場所を、事前に伝えているのかもしれない。

彼女には、個人情報漏洩の件もろもろ、明日は厳重注意しなければ…。

『久しぶりだね』

まっすぐ前を向いたまま、小野崎さんが話しかけてくる。

『日曜日に会ってるので、まだ二日ぶりですよ?』
『そう?ここ数ヶ月、ほとんど毎朝会ってるから、君のいない朝が変な感じで、久しぶりのような感覚になるのかな』
『…私こそ、バーテンの小野崎さんには、随分会ってない気がします』
『だから、ソレ両方俺だから』

柔らかに笑うその横顔に、さっきからずっと続く、絶え間ない緊張感の中に芽生える愛しい感情。

会うのが怖いと思いながらも、こうして会えたら、やっぱり胸が高鳴るのだから、今更自分の気持ちに気づかないふりはできなかった。

この時間帯は、駅までの交通量が多く、車はなかなかスムーズに進まない。

ふいに渚ちゃんからもらった、テイクアウト用のドリンクを思い出した。

『ここ使って良いですか?』と聞いてから、運転席と助手席の間にあるドリンクフォルダーに、二つの飲み物を入れ、ストローを指す。

『渚ちゃんからです』
『ああ、ありがとう。さすが渚さん気が利くな、ちょうど喉乾いてたんだ』

小野崎さんは、ゆっくり進む車内で、利き手で器用にハンドルを操作しながらアイスコーヒーを手に取り口にして『やっぱ美味いな』と一人ごちる。