当時を思い出したように、『俺は一瞬で、怒る気力を失くしたね』と、可笑しそうに笑う。

『何か、ごめん…お気楽で…』
『違うんだエリ…正直、目が覚めた気がしたんだ。俺は、仕事に没頭するあまり、周りが見えていなかったんだな…、季節が春になったのはもちろんわかっていたけど、咲いた桜を見て、春を感じるなんてこと、すっかり忘れてしまっていたからね』

恭介さんは、『思えばその頃から、エリのことが、少しに気になっていたのかもしれないな』と、反応を見るように、こちらを見つめるてくる。

ドキッ

…その無防備な笑顔は、反則に近い。

恋人になって、一緒に生活して、もう3カ月も経つのに、未だ慣れることはない。

思わず視線を逸らし『私、全然、覚えてないし』と、素っ気無い態度を取ってしまう。

『照れてる?』
『別に、照れてないです』
『っていうか、照れてるエリも嫌いじゃないけど』
『もう!片付かないから、早く食べちゃってください!!』

耐えられず、ニヤニヤ笑ってる恭介さんを残し、立ち上がる。

そもそも今日は、土曜日。

恭介さんの仕事はお休みだけれど、私はこれからカフェの仕事が入っている。

少し早いけれど、着替えるために自室に戻ろうとすると、『ところで、エリ』と、また呼び止められた。

『今夜の予定は?』
『ん~お店終わったら、ちょっと欲しい参考書を探しに、駅前の本屋に寄ろうかなと思ってたくらいかな?』
『それって、明日に廻せそう?』
『?…別に急いでないから、いつでも良いけど…どうして?』
『それなら、本屋は明日にして、今夜は、桜、見に行こう』
『え?』
『終わり時間にカフェに行くから、その足で…ね?』

唐突に提案してくる。