私服姿の君は、カフェでの君とは、やっぱり何か少し違う。

下した長い黒髪も、少しラフな敬語も、俺の心をくすぐる絶好の材料になる。

弾む会話も、カフェでの”店員と客”では、きっとありえなかったもの。

俺は、君により近づけたような気がして、少し調子に乗っていた。

だから君が、昔の同僚の結婚式に行かない理由を、勘違いして聞いてきた時、君の質問があまりにも可愛すぎて、思わず自然と手が伸びてしまった。

当然驚いた君は、俺から逃げるように離れてしまい、我ながら軽率だったと反省。

しかも、君のさりげない言葉は、もしかしたら俺を好いてくれているものなのかもしれない…などと思い上がった結果、別れ間際に『また今度…』と軽く食事に誘ってみるも、早々に撃沈。

”恋人を作らないって公言している人と遊ぶほど暇じゃない”

と、君にハッキリと言われてしまったね。

全く最もな返答だった。

君の置かれた状況は充分理解していたはずなのに、呆れられて当然だ。

それに、君が言うように、俺たちは共に適齢期を過ぎて、ただ一緒にいて楽しく遊ぶだけの恋愛は、とうに卒業している。

安易な気持ちで誘うなど、本来してはならいこと。

…それでも、頭ではわかっていても、君に会うと欲張りになり、やっぱり君との時間がもっと欲しくなる。

ダメ元でその後も何度か誘ってみるが、君の決心は固くなで、動くことはなかった。

そんな日々が続いたある日、昼間のカフェで渚さんから、君がカフェを辞めるかもしれないと聞かされた。

君が、来年4月から教師として働くことが決まって、年内にはカフェを辞め、独り暮らしのアパートも引き払って実家に戻り、いろいろ準備を始めるんだという。

俺の気持ちを汲んで、渚さんの独断で話してくれたことらしく、君に確認することはできないが、このところの君は、何か吹っ切れたような清々しさがあり、あながち間違った情報ではないと思えた。

俺は、少なからず愕然とした。

いや…君がこの店に、この先ずっとはいるわけではないことを、忘れていたわけじゃない。

ただ現実に、もうこの店に来ても、君には会えなくなることが明確になると、胸の奥でずっと燻ってきた感情が、ざわめき出す。