『返事は次に会った時に聞かせてほしい…いいね?』

後部座席のタクシーの扉に手をかけ、そう確認する。

私は黙って頷いた。

『しばらくお別れだ…おやすみ、エリ』

小野崎さんは微笑むと、運転手さんに『お願いします』と言って、扉を閉めた。

途端に、緩やかに走り出すタクシー。

動き出した車窓から、歩道に立つ黒服の小野崎さんを見ると、愁いを帯びた瞳でずっと見送ってくれる。

遅くても明後日の朝には会えるのに、”お別れ”だなんて、大げさすぎる。

そんな小野崎さんの様子が、可笑しくて嬉しくて…切なくなった。

…もう”返事”なんて決まってる。


”私は、小野崎さんが好き…”


これ以上ないほどに早音を打つ胸に手を当て、彼を想う。

先のことなど分からない。

でも、今は彼の手を取り、一緒に強くなりたいと、切に願った…。



・・・・・・・・・・



…それから1日が経った火曜日の早朝、いつもの定刻になっても、小野崎さんはカフェに姿を現さなかった。

その翌日もその翌々日も。

そうして、1週間、2週間…1か月が過ぎ、季節は秋から初冬へと移り変わっても、彼は一向に現れず、私はいつしか、あの夜に起きた出来事自体が現実に起こったことだったのかさえ、わからなくなってしまった。