いつもより少し、遅い時間だった。
図書館前の自販機に先輩が五百円玉を入れて、自販機はがたがたと音を立てる。
ごとりと落とした三ツ矢サイダーを私に一本渡し、もう一本の蓋をあけて自分で飲む。


喉仏が上下するのを見て、なんとなく恥ずかしくて
履き続けてつま先が茶色くなったローファーに目を落とした。

手の中で、三ツ矢サイダーがじんわりと私の熱を奪っていく。


夏休みも後半に差し掛かろうとしていて、ひぐらしの鳴く声もかすかに混ざって聞こえる。




「……日…てる」


微かに先輩が何か言った気がした。
はっと先輩を見ると、私に背を向けて図書館の反対側の山を見ている。

「せんぱい、いま、なんて?」


先輩の声を聞き逃したくない。
そう思って、一歩近寄ると、先輩はくるりとこちらに向き直り
私の目をじっと見た。
眼鏡越しの鳶色の綺麗な瞳にぶつかる。
瞳の中に星でも飼っていそうな、


「日曜日、空いてる?」



今度ははっきりとそう聞こえた。
日曜日?


「日曜日…日曜って…もしかして」


「言わないでよ」


夏祭り、と言おうとした私の言葉を遮って先輩がふいっとそっぽを向く。
耳が少し赤いのは気のせいか、見間違いか、それとも。


「恥ずかしいじゃん」



かっと全身の熱が顔に集まったように、暑い。
暑い。夏の暑さだ。これは、夏の暑さだ。



「あ…あいて…ます」



シャツにじわりと滲む汗。
蝉時雨。
ひぐらし。
夏祭り。
日曜日の夏祭り。


せんぱいと、



「…よかった…じゃあ日曜日、夕方六時に神社前で」


くしゃりと先輩が笑った。
優しい顔がより一層優しくなる。


夏ってわくわくする、といった先輩の声が聞こえた気がした。
先輩、わくわくじゃなくて、どきどきの間違いですよ。
心臓が壊れそうなほどうるさい。


都合のいい夢でも見ているんじゃないかと思って、その日は帰ってから何度も頰をつねってみたけど
どうやら私の妄想というわけではないようだ。


先輩と、夏祭り。