そこからはもう覚えていなかった。
彼のお母さんにお礼を言われ、私も返したのだと思う。
次第に冷たくなる温度に耐え切れず、途中で手を離した。


詳しいことは追々連絡します、と言われ、病院を出る。
家に向かう。

おかしいな、と思った。
大切な人が死んだというのに、病院からの帰り道は変わらないのだ。
何も変わりはせず、景色はそこにあった。


スーパーで買った食材を彼と運んだ階段を上った。

彼とお揃いのキーホルダーをつけた鍵でドアを開ける。

洗面所にある2本の歯ブラシと、私は絶対に使わない髭剃り。

シンクにはきちんと片付けられたお皿。
私の作り置きしていたおかずの。


彼がそのまま居たかのようだ。
私の寝室のドアを開ける。


そこだけが、その部屋だけが違った。
彼がいなくなった後ではその部屋だけが違っていた。