5時。バスを降り、電車に飛び乗り、向かう。
朝の光が容赦なく顔に降り注ぐ。
家に帰れば、彼がベッドに寝ている気がした。
気づかなかった。
知らなかった。
末期の病気なら強い鎮痛剤のお陰で痛みは和らぐ。
海外旅行に月2回。
26歳の若い彼には耐えられたのだろう。
仕事は?
仕事はお互い、夜しか顔を合わせないのだから
私が出勤している間に休むなり、病院に行くなりできたのかもしれない。


なぜ気づかなかった。
どうして気づかなかったの。


朝なのに。
夜の満員電車とは違うのに。
同じように吊革を掴み、爪が食い込む。
柔らかいと彼が言っていた私の手に。
朝の光だ。
忘れられない朝というのが人間にはあるらしい。

あの朝を思うと胸が痛くなる。
じんわりとした痛みはどうしてか、次第に私の目に薄っすらと涙の膜を勝手に張った。
彼にはきっとわからないんだ。
少し美化されたあの朝の記憶を指先でそっとなぞるとき、
私が、どんなにあの朝を美しく思うのか。