こんなにも美しい 世界の端で。


夜の闇のように美しく、そして静かな人だった。

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出掛けるよ。

と彼は唐突にそう告げた。

どこに、と訊ねる間もなく、私の手にバックパックのショルダーの紐を握らせ
空いた手で私の左手を強く掴んだ。

彼の手は男の人の手だ。
当たり前なのだけれど。
私は、彼がいつも寡黙でそれでいてとても優しいから、
ときどき彼が男性であるということを忘れそうになる。



彼の手はとても綺麗だ。
骨張っていて、指が長い。爪の形も綺麗。
手が綺麗なのはいいことだ、と思う。

その綺麗な手で私の手をそっと、けれど確かな意思を込めて掴み
バスに乗り電車に乗り、空を渡った。



彼の唇は行き先を告げるために開くことなく、私もただ黙って左手を掴まれていた。
こういう場合は握る、より掴む、の方が相応しいのではないだろうか。
握るというとどうも、学生の初々しい恋愛のような、初々しくうっすらと薄桃に染め上げられる、そんな印象を持つ。
掴む、は違うのか。
彼の掴む、にはそれでも私を大切に扱う気持ちが隙間に入っている気がする。




私は25歳。
彼はひとつ年上の26歳。
学生の頃に付き合い始めて、もう3年と半分を過ぎた。