「へー!やるじゃん!ヒビちゃん涼しい顔してそんなことしてたんだー」

香が感心して仰け反る。

「それが一回目っちゅうことか。この数年、俺らに黙ってやっとったんやな」

村岡が出し抜かれたといった表情で言う。




響はまず1つ目のつばの大きい帽子を買いに行った。オーソドックスな黒いものを購入する。

それを深々と被り、下北沢の個室漫画喫茶に入る。
偽造会員証を出す。

「喫煙禁煙どちらにされますか?」

「喫煙で」

「52番のお部屋になります。ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」

52番の部屋に入り、アメリカンスピリットを一服する。
パソコンでSNSの画面を出す。そして漫画喫茶でしか使わない裏アカウントで

「今夜下北沢で空巣に入ります」

と書き込んだ。
これは言わば記録である。響はこれを犯行に及ぶ時の儀式のようなものだと思っている。因みにフォロワーは200人ほどいる。無作為に大勢をフォローしたからだ。

書き込んだ後、少しの恐怖心と僅かな達成感につつまれた。下手をしたら捕まるといったことを考え、その後逃げ切った時のことを考えたのだ。

漫画喫茶を出て、帽子を取り、響は作業服に着替えた。マンションに空巣に入る際誰かに見られた時、この格好だと怪しまれにくい。マンションの補修か何かの人間だと思うだろう。右手にはメジャーを左手にはスパナを持つ。

空巣に入る家はどこでもよかった。5階建てのワンルームマンションに狙いを定める。高層階の方が人目につかないだろう。

まず501号室のインターホンを指紋がつかないようげんこつで押す。「はい」という声が聞こえた。人がいる。
しかし響は臆することなく

「壁の補修に来ました」

と言う。

「え?頼んでませんよ」

玄関越しにそう言われる。

「あ、間違えました。申し訳ありません」

これでいい。

次に504号室のインターホンを押す。物音ひとつしない。電機も漏れてはいない。留守だ。

響は廊下の端から配水管を伝い、マンションのベランダに出た。504号室の前まで移動する。

窓にガムテープを貼り、一呼吸入れる。

「パキ!!」

スパナでガラスをぶち破った。
ガムテープを貼ってあるので大して音はしなかったしガラスは飛び散らない。割れた部分から手を入れ、鍵をあける。

開いた。
簡単なものだ。
響は誰もいない部屋に入り、見渡す。
安物の腕時計がある。それをポケットに入れた。

そして、今着けているオメガの時計を同じ場所に置いた。

「ガラスの修理代だ。おつりはいらない」

響はそのまま504号室を出て、同じルートでマンションを出た。




「安物の腕時計取って、高級腕時計置いてきたんかいな!?」

「そんな空巣ある?」

「ないと思う。何かを盗みたいんじゃなくて空巣に入ること自体が目的なんだ」