響は現在に至るまで数々の犯行を繰り返してきた。
ほとんどが些細な犯行。時に少し手の込んだ犯行。
捕まったことはない。

予行演習だ。自分のやっていることは母を殺した犯人を追い詰めて鉄槌を下す為の予行演習だ。
響はそう信じていた。

犯人の気持ちになってみる。そうすれば何かが見えてくるのではないか。あの忌々しい男の心理が分かるのではないか。

初めてバー「ロンソン」に行った次の日、響は作業服とスパナ、メジャーを買った。
まずは空巣に入ってみようと思ったのだ。
しかしまだその時ではない。更なる準備が必要だ。響はいつでも冷静である。念には念を入れる。

悪人以外誰にも迷惑をかけない犯行。それが響が飲みながら出した結論であり、ポリシーだった。

響はいつもゴールデン街を出る際には、必ず近くの公衆便所でメイクを落とし、付髭を取り、三つ編みの髪をほどく。そして帽子を鞄に入れて出る。

もし警察に追われる立場になっても、ゴールデン街で優々と酒を飲む為に、ゴールデン街の中では常に変装しておこう。響はそう決めた。

バー「マッチ」を買い取り、ジッポという会員制バーをオープンさせた。会員制とは知らずに誰かが入って来た場合、人を見て入れる。自分にとって有益であるかないかが重要だ。

もちろんバーの会員第一号は村岡と香だ。それからロンソンの吉田もたまに来るようになった。それなりに経営は成り立っている。

だが響の目的はそんなことではなかった。

蜘蛛が巣を張って獲物をじっと待つ。母を殺した犯人の情報を得る。それが全てだ。

もし犯人自身が入って来たらどうしようか。いきなり刺し殺してやろうか。じわじわ精神的に追い詰めてやろうか。うっすらとそんなことも考える。

響は漫画喫茶のオーナーに偽造会員証を作ってもらった時、第一の犯行に及ぶ決意をした。

「空巣、やってみるか」

優雅にラフロイグを飲みながら響はそう呟いた。