「この手で殺してやりたい」
響は犯人に対してそう思った。
どうにかして見つけて復讐がしたい。
しかし素人の自分に出来るだろうか?警察でも捕まえられない相手を。出来ないだろう。もどかしい。

だが、ニュースでもやってない情報を吉田は知っている。彼から出来るだけ情報が聞きたかった。
だが、場がドン引きしてしまうに違いないので「殺されたのは自分の母です」とは言わなかった。

「なんでそんなこと知ってるんですか?」

「ここはゴールデン街だよ。色んな人がやって来る。そして、ここにはいろんな情報が集まる」

「でも、誰からそんなこと聞くんですか?」

「マスコミだったかな。編集者だったかな?まあ警察も来るけど」

「そうですか。その話詳しく聞きたいですね」

平静を装い響は聞いたが、吉田の返答は予想通りのものだった。

「なんで?変わってるね」

「あ、いやー、その、興味があって」

「おいおい話すけどさー、そんなに酒に合う話でもないから、また今度で。他のお客さんもいるしさ」

「あ、はい。すいません」

響はそれ以上は聞かなかった。しかし犯人がこの街にいるということが分かっただけ奇跡だった。普通の居酒屋でこんな話は聞けない。この店に入ってよかった。吉田は相当事情通なのだろう。

よし、この店に通おう。響は決意した。そうすればさっきの話をした編集者にも会えるかもしれないし、警察の人に捜査状況を聞くことが出来るかもしれない。

そう決意したと同時に、もし犯人を見つけたらどうしてやろうかという思いも頭の中を駆け巡った。どうやって追い詰めてどうやって殺すか。

遺族とはいえ殺人を行えば重い刑が待っているだろう。多少の情状酌量の余地はあったとしても終身刑は免れない。

ならば。

捕まらなければいい。殺して逃げ切ればいい。

そう考えた瞬間、酔いもあいまって響はなんだかワクワクしてきた。ゲームだ。犯人の男をラスボスとするロールプレイングゲームだ。絶対にクリアしてやろう。

今までウィスキーは角しか飲んだことがなかったが、別のものにトライしてみようと思う。

「すいません、このラフロイグ?ですか?これ下さい」

「ラフロイグね。スモーキーで美味しいよ。うちの中では高い酒だ。でも、うちは何を飲んでも700円だから一番コスパがいいかもね」

そう言ってマスター吉田は笑う。ラフロイグを注ぐ。

響は一口飲んでみた。うまい。薬のような匂いがするがなんとも癖になりそうな味だった。

気に入った。これからはこれにしよう。

ラフロイグを5杯飲んでる間、響は吉田や他の客と好きなミュージシャンの話や下らない性癖の話で盛り上がった。

他の客たちが、お会計を済ませて帰って行く。香もいない。いつの間にか一人になっていた。

一人になると、やはり復讐のことを考えてしまう。
無言で、もし出くわした時のシミュレーションを繰り返す。
繰り返す。
繰り返す。

「ヒビちゃん、もう閉店だよ」

その言葉で我に返る。もう5時だ。

吉田は最後にこう言って1枚の写真を手渡してきた。

「これ、犯人の写真。そのうち指名手配になるとは思うけど一応。出所は内緒な」