膝から崩れた良の耳元を、沢山の慌ただしい足音が過ぎ去っていった。

何か言おうとするが言葉にならず、結局口を開け閉めする繰り返しの中で時間が止まっているようだった。

嘘のような現実と、まるで現のような夢。

どちらの方がこの世界に多いのか、といつの日か彼女と議論したのを思い出した。

いつものように勝ち気そうな、それなのに寂しげな瞳を向けて、加代が瞬きをしたのを覚えている。

あの時彼女は、なんと言ったっけ。

青ざめた良の頬に、触れた手があった。
「…母さん」
力なく呟いた良に織音は目を合わせた。

「今行かなくてどうするの」
「…行って、どうするんだよ」

何も出来ないことが分かっているのに、言葉さえ通じない状態かもしれないのに。
その無力さを何度も痛感して、何度も苦さをこらえた。

「そんなこと本気で思っていないくせに」

低く突く声に、良は小さく肩を震わせた。

「あの子は…加代ちゃんはずっと良を信じてた。きっと今でも。そして最後まで」

お前にはその覚悟がないのかと、暗に問われているようだった。

見つめ返した良は言った。

「返せる限りのもので信じるさ」

よく言った、と母は笑った。