「一理」

低い呼び止めに、屋上の端に立っていた青年が振り返る。どこかで予期していたというふうな諦めた笑みに、加代は胸がつまった。

「馬鹿なことはしないで」
「加代には関係ない」

間髪入れずに言い返す一理にカチンと来て、加代は息を吸いこんだ。

「私のポケットに女々しい通告を入れたのは誰？」

ぐしゃっと丸められた紙を広げ、10ｍほど先の一理に見せつけるように出した。

「本当は止めて欲しいんでしょ。そんな子供っぽいことはやめてよ」
迷惑してる、とは言いたかったがさすがに言えなかった。

『さよなら』と書かれた、殴り書きらしいが整った文面は、なんだか一理の泣きそうな笑みを思い出されて行かないという選択肢を選べなかったのだ。

言い立てられても表情を崩さない一理は、180cmはあろうかという高身長で風に吹かれてもびくともしないように見えるのに、双眸の奥にある暗い光は揺れていた。

ずっと無言の一理に、不意に背筋を撫でられたような悪寒に襲われた。

「一理、まさか本当にやる気じゃないでしょう？はやく、降りてよ」

落ち着いて続けるはずだった声が震えた。
気づかれているだろうか。
いや、気づいて欲しい。