「あれ?これ…蝶?」

飛び散ったガラス製のものは箱だったようで、淡い水色をしていた。

そして、その中に入っていたのか、小さめのコルクボードにピン留めされた、紫がかった青色の蝶が床に落ちていた。

蝶を収集する箱なのかとも思ったが、それ以外に蝶はないので何か特別な蝶なのかもしれない。蝶にはあまり傷がついていなくて安心したが、触覚が一つ取れてしまっていた。

「どうしよう…」
そんな宝物かもしれないものを壊してしまったことに、申し訳なさが募った。

目を伏せてしゃがみこんでいると、
「お姉さん!」
「大丈夫ですか?」

控えめながらも二つの高低異なる声が同時に聞こえ、振り返ると少年と、一緒に説明を受けた看護師が早足で戻ってきていた。

「っ」

肩が意識しない内に跳ねて、咄嗟に顔を向けられない。

「加代さん。お怪我はないですか?」

思っていたのよりうんと優しい声に、つい涙腺が緩む。

答えなくてはと口を開くのに、出たのは子供のような泣き声だった。

駄目だ、迷惑をかけては。
泣き止まなくちゃ。

思えば思うほどに、涙が止まらず困惑した気配を感じて肩身を縮めた。

「すみません…」
俯いて必死に呼吸を整えようとしていると、不意に私をあたたかなものが包んだ。

「えっ」
「大丈夫だから。急がなくていいから、落ち着こう」

澄んだ声が、ああ、少年のものだ。と、思った。
不思議とどこか懐かしく感じるような声。

かけてもらったのは上着のようで、その暖かさに息を吐いた。