夢の中で、誰かの泣いている声がした。

泣かないでと思うのに、その涙を拭おうと手を伸ばすのに、どうしても届かない。

加代は自分の無力さを噛み締め、前にもこんなことがあったと思いを馳せた。

したいことがあるのに、しなければならないことが解っているのに、この手で成せることなどなくて。

価値を自問自答して、自分を責めて、でも心の中でそれに満足していたのかもしれない。

責めていれば、忘れていなければ、それ以上に責められることはないと、分かったような顔でのさばっていた。

そんなものは意味が無かったというのに。

(ああ、また、あの人だ)

ふっと思い出す。夢の中で前も微笑んでいた
誰かの人影。
記憶にない思い出の中に、あの人がいつもいて何より大切だったと、言う声がする。

(でも、違う)
そうではない。
それは心の奥から生まれた願望か、それか、決して鵜呑みに信じられるようなことではないが、例えば未来の記憶。

そう考えればどうだろうか。
これから起こることなのに覚えている、というのは語弊を生みそうだが、そんなこともあるのかもしれない。

(私が病気にならなかった未来で、別の道を辿って、私が出会った人…)

馬鹿げた考えかもしれない。
でも、それでも。

(それが良でないのなら、いやだ)
そうでないなら要らないと思える。

病気にかかったのは嫌だった。
母を心配させるのも嫌だった。
子供っぽい自分に気づいて嫌だった。

それでも得たものは、確かにあったのだ。
(私の得たものは…)
私の失いたくないものは。
生きる理由は。
誰よりいちばん、会いたい人は。

思考がはっきりしてきた夢の中は、曖昧な視界がふいに光に包まれた。

「加代」