「あら…?」

寝ちゃったの、と晶子はおかしそうにした。

せっかくりんご剥いたんだけど…起きたら、食べるかしら。
少しばかり思考したが、冷蔵庫にラップをかけて保存しておこうという結論に思い至ったらしく、丁寧にりんごをラップで包んだ。

それからそっとそばによると、暑そうに眉を寄せたのを見てとって、前髪をかきあげ寝汗を拭いてやる。

すると、寝返りを打ってすやすやと寝息をたて始めた娘を見つめ、晶子は苦笑した。

今まで女手一つでなんとか育ててきたが、娘に父の記憶がどれだけ残っているのかは定かではない。幼い頃だったから顔も曖昧かもしれず、晶子は少し寂しく思った。

「あの人はね、はじめ、消防士になりたかったんですよ…」

近頃はあなた、という呼び方も少し古めかしいのだろうか。清四郎さん、と呟く声が加代の耳に届いたのかは分からないが、晶子はそのまま語って聞かせた。

「清四郎さんの伯父さんが消防士で、ずっと憧れていたんですって。でもね、ある時近所のおまわりさんと話す機会があったらしくて」

近所のおまわりさん、名は近藤光一。

夫が高校生の時の話だと、いつか聞かせてくれた話だ。

始まりは小学校での防犯教室で出会っていた近藤との、高校一年生の春の二度目の出会いだった。

気さくに声をかけてくれた近藤に、はじめは誰だか分からないという顔をしていたが、元々記憶力の良かった清四郎は気づいたらしい。

伯父に似た顔立ちの近藤はその時たしか三十代で、尖りがちな年頃の清四郎も拒絶できない、というよりしないような暖かな雰囲気を持っていた。それを生暖かいと、余計だと感じさせない程度の如才なさで近藤は清四郎と関わっていた。

「お父さん、近藤さんて人が警察官として勤務しているのを見て、憧れたみたいなの」

大したエリートなわけじゃない。ドラマのように、誰もがかっこいいと思うような捜査をする訳じゃない。

重役との駆け引きとも、捜査会議なんかにも無縁といえるほどにささやかな毎日のパトロール。