はやく、戻ろう。
寝て忘れたい。一時でもいいから悪夢のような現実から逃げたい。

そんな考えが自然と足をはやくさせ、下を向いていたことが裏目に出た。

「わっ」
「……!」

がしゃん、と何かの割れるような音がして、加代は足を縫い止められた。

「っ、ごめんなさ」

私がぶつかったのだと理解するのにそう時間は要さず、慌てて相手を見ると若い少年だった。

言いかけた言葉が途切れたのは、その頭に被さった網のような帽子を見たからだった。

がん患者が、脱毛症状のためそのようなものを被るとはテレビで見たことがあって、全くの勘違いかもしれないが一瞬思考が停止してしまった。

「大丈夫?お姉さん」

我に返ったのはその少年の言葉を聞いてからで、年に似合わない大人びた話し方をするのだなぁと思ったのが印象的だった。

すると、その利発そうな少年は、私の顔を見てはっとしたような顔をした。

「あっ…ごめんね」

涙で濡れた顔はそれは悲惨であろう、と私は急いでハンカチで拭った。

「なんでもないの。それより…うわっ」

何か壊してないかと尋ねようとして、地面に散らばったガラスの破片に目を剥く。

謝って咄嗟に下げた顔を上げられず、
「ご、ご、ごめんなさい…っ」
「ああ、気にしないで。僕がぶつかったのが悪いから」
笑った顔を恐る恐る見やると、怒ってはいないようだったのでほっと胸をなで下ろした。

「僕はほうきとちりとりを持ってくるから、お姉さんは危ないし動かないで」
「えっ、でも私が」
「いいから」

ふっと笑みをこぼした少年に、なんだか何も言えなくなってしまい、大人しく帰りを待つことにした。