良の病室に入り、また去っていく音が小さくなるまで聞き届けると、加代はそっとベッドを抜け出してスリッパを履き、恐る恐る隣へと向かった。

「良…?」
名前を呼びながらドアを開け、ドキドキする胸をおさえた。

だが、緊張している加代をよそに、良は酸素マスクをつけているものの、すやすやと寝入っていた。

その青白い顔を見た途端、気が緩んだのかまた張り詰めたのか分からず、一瞬でたくさんの感情が加代の中を忙しく行き交った。

「良」
そっと呼んだ名前に、良はぴくりとも反応しない。
「良…」

よかった。
囁いた声が届かずとも、言いたかった。

重ねた手は氷のように冷たくて、額に押し当てると自分まで冷えそうだったが、そんなことは構わなかった。

しばらくして、加代はおもむろに立ち上がった。

「今は…まだ言えるときじゃないのね」

次会うときには、必ず謝るから。
そう言った加代は、目を覚ます気配のない少年を見やってから、病室を静かにあとにした。

「お母さん」
勢いよく起き上がった加代は、勢いよく咳き込んだ。
「ちょっと加代、無理しないで」
眉を下げた晶子は、加代の肩に掛け布団を掛け直した。

加代が自分の病室に戻ってから、母が訪ねてきたのは一時間ほど経った後だった。