「………来ない」
膨れっ面の息子を見やり、思わず苦笑する。

「壁一枚の距離を超えられない二人…いいわね、ネタにしたいわ」
「何言ってんだよ母さん」

脱力したように言った息子をからかうように見つめるが、織音はそれ以上言及しなかった。

「女の子に自分のところに来いなどとは無謀ってものよ。欲しいものがあるなら自分から行かなくちゃね」
「欲しいとかじゃないし、加代をものみたいに言うな」
「あら、加代ちゃんって言うの?可愛いわねぇ」
「………なんなんだよ…」

売れない小説家の母だが、話術が上手く人からこうして自分の聞きたい話を聞き出すのが得意なのだ。

肩をすくめた良は、知られてしまったならと開き直ってアドバイスを求めることにした。

「そうね…イベントでもあるといいのにねぇ」
「はぁ?ゲームでもあるまいし…まともな助言を期待した僕が馬鹿だった」
「あら、案外仲直りのきっかけなんてどこにでも転がっているものよ」

母がにやりと口のはしで微笑んだが、その時の僕はあまり本気にしていなかった。

しかし、のちに似たような出来事が起こることは、誰も想定していなかったのだった。