「家に帰って自由に色んなことをして逝くか、入院して様々な治療や薬を試して少しでも長生きするか…選択は難しいし、絶対に後悔しない決断などないだろうけれど」

そこで加代は一旦言葉を止め、静かに微笑んだ。

「もう後ろは見ない。誰かに必要以上に気を遣ったりもしない。私は私として、一ヶ月を精一杯生きようと思いました」
「そう…そうなのね」

この歳なのに、よくも肝の座った子だわね。
加代の母親と同い年ほどに見える看護師は、感慨深げに頷いた。

「その言葉、きっとお母さんにも伝わりましたよ」
「え?」

おかしな言い方に疑問を覚えて振り向くと、病室の入り口の扉の向こうに人影があった。

「まさか、お母さん?」
「…ごめんね」
幾分かきまりの悪そうにドアを開けて入ってきたのは、目元を腫らした母だった。

「お母さん…盗み聞きしてたの?」
さすがに咎める口調になった加代を、看護師がまあまあと苦笑いしながらなだめ、
「出ていきづらい心境も分かるでしょう」
「……………」
無言で口を尖らせた加代だったが、すぐに仕方ないというふうに笑みをこぼした。