余命宣告なんて、漫画かテレビの中の話だと思っていた。
桜木加代、十五歳の春。
残り一ヶ月の命を宣告されました。

「加代っ!」

荒っぽい足音と共に扉が開け放たれ、看護師に止められつつ、母が私の寝ているベッドに駆け寄った。

「大丈夫なの!?」

血相を変える母に心配をかけまいと笑ってみせたが、その笑みが弱々しく見えるのは致し方なかった。

警察官だった父は私が幼い頃に殉職してしまい、母が女手一つで私を育ててくれたので、病弱な私を何度も介抱してきた。
一度、小学校の体育の後に脳貧血で倒れた頃から、更に過保護になったのは私のせいなのだ。

「ごめんね…」
思わずこぼすと、母は何も言わずに私を抱きしめた。

「加代が謝る必要なんて、どこにもないのよ…大丈夫、きっと良くなるから」

私を強く抱いた細い腕は熱さを伴って、微かに震えていて。
加代は、誤魔化しは要らないという言葉を喉の奥に押し込めた。

静かに抱き合う母娘を見守っていた看護師が、努めて口を開いたのが分かった。

「担当の医師から詳しい説明をするので、お母さんも一緒にお願いします」
「はい」

顔を上げられない母に代わって、思いつめた響きを含んだ加代の声が、重く病室に余韻を残した。

母と看護師に付き添われ、真面目そうな黒縁眼鏡の医者に丁寧な説明を受けた。

医学用語が時折入ってきて難しかったけれど、複雑な脳の病気らしいということはおぼろげに理解できた。
母が隣で気丈に頷いているのに、たまに涙を拭う姿にやっと現実味を感じた程度だ。

そんなふうに皆に気を遣わせるのが申し訳なくて、当の本人がこんな状態では、と唇を噛み締めて説明に向かったが、ほぼ治る可能性がないという一言に体が固まった。

「それは…絶対に、ですか」

分かっているのに、子供のようなことを聞き返した自分が情けなかった。案の定、首を縦に振られ、呆然とする私よりも母が苦しげに顔を歪めたことが、やけに心が疼いた。

信じられない、と拒絶する気持ちよりは実感がないという心地で、言葉や空気が遠く、ぼわんと泡のように蜃気楼を形作るかのようだった。