そこに広がるのは白と黒、所狭しと並べられた文字たち。
この文字たちが、僕に色鮮やかな世界を見せてくれる。


「僕には、漫画とか映画とかより小説のほうが鮮明に浮かぶんだ。情景が。」


匂い。温度。音。湿気。色。空気。

人間の脳は偉大だ。
見たことのないものまで、文字として伝えられるだけで想像することができるんだから。


『わかるよ。漫画とか映画で絵として見せられると、それはそういうものだって決められちゃうからね。

でも小説なら、どこまでも自由だから。あたしの好きなように想像して、好きなように世界を創れる。』


世界なんて大げさかもしれないけど、と照れたようにひなたは笑う。

小説の中でなら、僕は誰よりも強いヒーローになれるのに。
現実では、こんな小さな部屋の中でひとり、彼女の声を聞くことで弱い自分を励ましている。

なんてカッコ悪いヒーローなんだろう。


「…また、おすすめの作品とか教えてほしいな。」
『もちろんだよ。』
「じゃあ、明日も電話するね。」


また明日、とお決まりになったセリフを口にして電話を切る。
再び訪れる静寂。
この部屋、こんなに静かだったっけ。


変わりたい、と。
漠然とそう思った。

小説みたいに、とは言わない。
ただ、自分に誇れる自分になりたい。


頭から被っていた布団からゆっくりと出る。

視界が広がって、少しだけ世界が大きくなったような気がした。