ぼんやりしていた葵に、小夜はあっけらかんと言ったのだ。

「葵、歌詞作りの係に立候補しなよ」
「うん……ん?」
聞き流しかけ、慌てて聞き返す。

「立候補?」
「うん」
「私が?」
「うん」

当たり前だ、と幾分か苛ついた口調で言った小夜に、葵は引き攣った顔で首を振った。

「有り得ない、有り得ない。そんな責任のある役どころ、私みたいに地味な女子が立候補してどうなるか」

「どうもならないよ」
小夜は静かに目を合わせた。

「そのままでいいの?」

帰り道の騒がしい商店街が、一瞬にして無音になる。
自分の息の飲む音が、幻のように頭の中でたわんで消えた。

「………いやだ」
何秒間か沈黙が降り、やっと蚊の鳴くような声を絞り出した葵を小夜は笑顔になって見つめた。