分からないや、と肩を竦めた小夜に葵はいたずらっぽく笑った。

『おはようございます』だよ。あんな怒ってる先生の顔の前で涼し気な顔して言ってのけたの。私、失礼だけど前まで佐島のこと目立たない奴だと思ってた(ここでお前が言えるのかと小夜の突っ込みが入ったが黙殺した)。
「うわ、こんな度胸のある奴だったんだーって」

しかも本人は笑いをとるためでも何でもなくて、自分が大したことを言ってのけたなんて微塵も思っていない顔で、また眠り始めたのだ。

「…それ、ただの馬鹿なんじゃないの」
呆れたように言った小夜は、「そうかも」と満面の笑みで返した葵を見て、こりゃ重症だと呟いた。

「恋は盲目ってことか」
やれやれと返した友人に、葵は小さく笑った。

「自分でも、好きってことだとは思ってなかったんだけどね」
「いつも目で追ってたくせに」
葵にそれを指摘したのは、何を隠そう小夜なのだ。

「まあそれで明日、合唱コンの打ち合わせらしいよ。今年はうちのクラス、どんな曲作れるのかな」
「そうだね…」

綾架学園には、合唱コンの自由曲は自分達で作るという代々の伝統がある。

そのおかげで二ヶ月程前から準備することになるのだが、葵は次に小夜がこんな言葉を発するとは思いもしていなかった。