「課長、遅いな……」

会社入口の壁にもたれて時間を確認すると、19時半を過ぎた。

課長はあれから人が変わったように働き始めていたけど、それでもまだ終わりそうもないみたいで、私がオフィスを出た時も忙しそうにしていた。

ここ最近の遅れを取るには今日半日じゃ無理だろうから、仕方のない事だろうけど。

さっきまで午前中の事を根掘り葉掘り聞いていた千歳が一緒に居てくれてたんだけど、ケンさん(千歳の彼氏さん)から連絡が入って、一足先に帰ってしまった。

「私も帰ろうかなぁ」

別に約束もしていない。

私が勝手に待っているだけ。

それに、長時間ここにいるせいで、何度か呼び込みの兄ちゃんに声も掛けられたし、ヒールで立っているから足も疲れて来た。

「よし、帰ろう!」

踵を返し、数歩歩いた所で「中条?」と声を掛けられ足を止める。

ゆっくり振り向くとそこには、目を丸くして不思議そうにこちらを見ている課長の姿。

「……お疲れ様です」

「お疲れ様。どうした?こんな所で。大分前に帰ったハズじゃ?」

「えぇっと…た、たまたま?通りかかって、みたいな?ハハハ」

素直に『待っていました』って言えば良いのに何故か言えなくて、咄嗟に嘘をついてごまかす。

「あんれ~?お姉さん、やっとカレシのご登場~?良かったね~、ずっと待ってたもんね~!」

突然、大きな声でそう叫んで私の横をウインクをしながら通り過ぎて行った人がいた。

(あれはっ!)

さっき妙にしつこかった呼び込みの兄ちゃんっ!?

なに余計な事を言って去って行くんだよっ!!

クスクスクス、と周りから笑い声が聞こえて、私は恥ずかしさの余りうつむいた。

夜だから真っ赤な顔は見えなかっただろうけど。

「俺を待っててくれたのか?」

そう言いながら課長がこちらへ歩いて来る。